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【本】『三幕の悲劇(三幕の殺人)』(アガサ・クリスティ/ポアロ) ―出版社によって内容が違う?!

『三幕の悲劇(三幕の殺人)』☆☆★★★(ドラマ感想はこちら

☆二つですが、話だけ見たら☆3つかも。これは以前苦手な話の第2位にもあげたように、ずっとずっと受け付けなかった作品です。何故かというと、ヒロインのエッグを筆頭とする主要登場人物3人が全員苦手なタイプだから。エッグは恋愛至上主義で、邪魔をする人には遠慮なく嫌な顔をし悪態をつき、意中の人の気をひくためには誰の好意も利用し、結局最終的には泣きわめいて退場。そしてその意中の人のチャールズは、俳優で何をするにも演技がかり決め台詞を言い、常に主役でないと気に喰わず、とりたててえらくもないのに王様のような寛容な上から目線を施してくれます。サタスウェイトは中心にしゃしゃり出てはこないものの、これまた自分だけは人間を理解しているんですよ、と一人悦に入って喜んでいる。サタスウェイトは同じくクリスティ作品の別の推理小説シリーズ「ハーリ・クィン」シリーズにもでていて、そちらでも苦手な人物ではあったけれども、この作品では特にその自己満足が鼻につきます。自己中で自分勝手な3人がずっと出ずっぱりでイラッとする言動をし続けるので、話の内容はほとんど楽しめず読むのがとても苦痛だった作品。

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特にエッグが受け付けないので、良くわからないけれども実生活にエッグみたいな人がいて嫌な思いをしただとかw(全く覚えがないけど)、私の中の気付いていないトラウマ的な何かを刺激するとかなのかもしれない、私がもうちょっと精神的に大人になったら大丈夫になるのかも、と思い何年か経って果敢に読み返してみる度、「やっぱ無理」というのを繰り返していました。

ですが、半年前にひっさびさに読み返したところ、相変わらずイラッとはするものの話自体は普通にそれなりに読め、そして今回の再読でも特にそこまで気にならず。エッグも他の話に出てくる苦手な登場人物と同程度の苦手さで、嫌いではあるもののそこまで取り立てて酷い人物でもないような。やっぱり私の精神状態や年齢的なものだったんですかね。『ナイルに死す』の感想で以前よりヒロインに肩入れできなくなったと書いた逆バージョン的な。ある程度の年になると、良くも悪くも登場人物にのめり込めなくなるんでしょうか。それはそれでつまらない気もします。そんなこんなであの3人の性格の是非をとりあえず頭から除いて作品を楽しむこともできるように。そりゃ淑女のまさに典型として言及されている女性(エッグの母親)が、その僅か数ページ後で売れっ子劇作家ウィルズ女子のことを「能無しの保母のように見えます」とお上品に言ってるのを読んで、英国の淑女カテゴリーの奥深さを感じることもできるぐらいの余裕も出てくる。

あらすじはwikipediaより引用
物語は第一幕から第三幕の3章で構成されている。引退した舞台俳優チャールズ・カートライトが主催するパーティーで、土地の牧師が死亡する。数か月後、今度はチャールズの親友の医師が、やはりパーティーで死亡する。事件のなかで素人探偵役を務める俳優、娘、演劇パトロンの3人は、互いの考えを交換しあうが、そこにポアロが介入してきて…。

この作品を改めて見直すと、驚きや意外性もありつつ、全体的に見ると題名に沿って綺麗にまとまった割と面白い話ではあると思います。というわけで以前だったら文句なく☆一つだったこの作品も☆2つに、あの3人に苦手意識のない人によってはもっと上の☆を付けるかも。なお、以前苦手な話に挙げた3つの内の 2、三幕の殺人 3、ヘラクレスの冒険がそこまで苦手ではなくなったので、今だと代わりに入るのは「複数の時計 」「魔術の殺人」あたりかな~?

そうそう、大事なことを言い忘れました。私が読んでいるのは、創元推理文庫から出ていた「三幕の悲劇」(訳が西脇 順三郎氏のものですでに絶版)です。この作品、なんと出版社によって2番目の殺人の動機が違うらしいのです。

イギリス版とアメリカ版で真相が若干異なっており、翻訳ではハヤカワ文庫版『三幕の殺人』がイギリス版に、創元推理文庫版『三幕の悲劇』がアメリカ版元に対応している。
引用元:wiki/三幕の殺人


⇒ドラマ版感想:【ドラマ】名探偵ポワロ『三幕の殺人』 ―舞台的演出が良い
アガサ・クリスティ 作品・感想一覧はこちら

以下、ネタバレあり
※『エッジウェア卿の死』の犯人への言及もあり

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2番目の殺人の動機って、一番大事なメインの殺人の動機よね?それが違うってどういうことだ…全然別物の話では?とも思いますが、この話でもっぱら話題になる・驚く動機は1番最初のおまけの殺人、というか1番目の殺人がおまけだったということがこの話のハイライトであってメインの殺人は割とどうでもいいので、メインの動機が違っても作品自体に大して違いはないようです。

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ちなみに創元推理文庫での動機は、サー・チャールズは一時期精神病が悪化しサナトリウムに入院、数か月後退院したもののサー・バーソロミューはチャールズが完全には良くなっていないのではと危惧し監視的態度をとっていた。それがあだになりチャールズはサー・バーソロミューに再度病院に閉じ込められるという迫害妄想を抱き殺します。つまり動機は恐怖です。ハヤカワ版は私は読んでいないのですが、サー・チャールズはなんと実は妻帯者で、しかも精神障害なのは奥さんの方。当時は精神障害の人とは離婚できなかったらしく、エッグと結婚するために古い友人で妻がいることを知っているサー・バーソロミューを殺す、という動機らしいです。また、創元推理文庫だと目くらましのため何の関係もないド・ラッシュブリジャー夫人が殺されますが、早川だとそれが奥さん(?)だとかなんだとか。こうやってきくと結構違うけれど、やっぱりなんだかんだ言っても目をひくのは第1の殺人の動機です。

いろいろ言われる第1の殺人の動機ですが、リハーサルとしての殺人というのはこの話にすごく合っているし面白いなと感じる、個人的には好きな動機です。でもこれをなぜやったのかがいまいち説明しきれていないような。舞台稽古・リハーサルとして行うつもりだったのか、連続殺人としてメインの殺人から目を反らすためにおこなったのか、どっちもというのは無理があるような気がしてどうも呑み込みの悪い私には理解できないわ。作品中のポアロによる解説を簡単にまとめると―

役者の本能に従い殺人の舞台稽古をやった。このリハーサルであるバビントン殺しは誰にも疑われず、証拠のグラスのすり替えもうまくいった。しかし本番のサー・バーソロミュー殺しでは勝手が違ってその場に医者がいてすぐ毒殺と見抜かれたために、バビントン殺しに注意を向けさせた


もしバビントン殺しをあくまで舞台稽古としてやるなら、本番のサー・バーソロミュー殺しも、バビントン同様にひっそりと病死として処理されるのを狙う犯行方ということになるよね?それなら絶対、本番のサー・バーソロミュー殺しは前回と全然出席者がかぶらないパーティーでやると思うんだけど…。2回も同じような事故が起こったら、出席者は絶対病死とは思わないもの。しかし実際は前回とほぼ同じ出席者を呼んでいるわけで、ということは最初から連続殺人として誰かに擦り付ける(主にオリヴァーに)気満々だったということ。それなら「勝手が違ってその場に医者がいたためすぐ毒殺と見抜かれた」という文はおかしくなる、もとから殺人に見せかけるつもりだったんだし。それに連続殺人の中に本命をまぎれこませるという他作品とよく似た動機なのだとしたら、そもそも単独殺人でサー・バーソロミュー殺してもそこまで犯人がチャールズとバレる感じでもないから連続殺人にする利点がない。そして連続殺人狙いならに最初の殺人が舞台稽古だったというポアロの言葉がおかしくなる。

リハーサルとしてするならひっそりと殺人を成功させるのが前提だし、連続殺人なら大々的に見せるひつようがあるし、相反して並び立たない犯行方法なのでいまいちすっきりしないです。あくまで1個目の殺人はリハーサルで、2個目も一応病死と診断されるのを狙い、万が一見破られたら連続殺人として前の殺人に注意を向けさせる、という保険程度の思惑だったら、保険としてあの出席者達のパーティーを選ぶのは最初っからひっそり殺すのを断念している並のリスクがあるわけでやっぱりおかしい。そんな感じで、リハーサルとしての殺人という題材は面白いものの、ちょっと納得のいかない部分が残りました。この辺、早川版だともっとちゃんとしているのかな?そちらを読んでみたい気もするし、いやいくら前より読みやすくはなったとはいえ『三幕の殺人』は何冊も揃えたくはない、という思いもあり…。

ちなみにこの作品は私が苦手な、アガサ・クリスティ作品でおなじみの数ある俳優犯人ものの中の一つでもあります。中でも犯人俳優の大物度で言えば、この話と『エッジウェア卿の死』がツートップ。大物男性俳優部門がこのサー・チャールズ・カートライト、大物女優部門が『エッジウェア卿の死』のジェーン・ウィルキンソン。クリスティの数ある俳優犯人話だと、名もろくに知られていない雑魚俳優による一人二役のアリバイづくりが多いので、読んでいて俳優ってだけでそこまではできないよと思う点が多々ありしらけることが多いのですが、さすがにこの2人の大物俳優陣の犯行は別格。大女優は単純な頭脳による閃きで、一方こちらは計画的犯行、した稽古までしちゃう綿密ぶり。

ベテラン俳優の演技にプラスし、クリスティ作品の他の長編と同様、執事なんてだれも取り立てて注視しない(これ見よがしにつけられた手首の痣さえ気に留める人がいないぐらい)という心理的盲点を突いた犯行。他人に扮して犯行を行うという俳優としては正攻法の犯罪です。一方ジェーンの方は、犯行時はまんま本人役ですが(もう一人の大女優が演技をしていたもののジェーン自体はほぼ演技せず)、犯行前後に、夫殺します宣言したり未亡人の立場を楽しんだりで、実際より馬鹿なふりでまさかこんなバカな犯罪者いないよな、と思わせる変化球の演技による犯行。私はジェーンの犯行の方がが好きですね。犯罪の仕方もだし、話としてもだし、人物像としてもです。でも他の雑魚俳優による犯行と違って、この2人のは以下にも大物俳優らしい華やかさがあって良いです。あの3人の人物像にさえ目をつぶれば、結構面白いところの詰まった話だったんだな~。



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