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【本】『鳩のなかの猫』(アガサ・クリスティ/ポアロ)―学園生活における充分な大きさのお乳とは


『鳩のなかの猫』☆☆☆★★ (⇒ドラマ感想はこちら

すごいつまらなかった印象があったので殆ど読み返してなかったのですが、改めてい読むと普通に面白い、いやそうでもない…?とりあえずすごくつまらなくはないです。前にも書いたけど、初めて読んだ時期が近かったのか、後期の『鳩のなかの猫』『複数の時計』『第三の女』は、ぜんぜん違う話なのに私の中で混ざりがちだったせいでイメージが悪くなっていただけかも。

とりあえずあらすじは、ウィキより引用―

ロンドンにある有名な女子校・メドウバンク校で、体育教師が刺殺されるという殺人事件が発生する。彼女は、深夜に学校の室内競技場で殺されたのだ。その数か月前、中東のある国では革命が発生し、数十万ポンドの価値をもつ宝石が国外に持ち出されていた。この2つの事件が絡み合う。


クリスティの描く中東とか革命とかスパイものにはもうおなかいっぱいですやめてくださいという思いが湧き上がってくるのですが、一方で舞台が全寮制の名門女子高、この魅惑的な響き。ジェニファ&ジュリアのコンビがかわいいです。学園物の海外ドラマが好きで一時期よく見ていたのでこういう女子学生探偵みたいのは大好きですね。本筋の宝石とか殺人の部分があまり捻りがなくて読んだ後物足りない感じが残るのですが、学園生活の描写は面白いです。

もう何が面白いって、シャイスタの「だって、わたしのお乳はあまり大きくないんですもの」でまず爆笑です。お乳…。とりあえず見なかったふりをして先に進めるとダメ押しで

「だだ、私のお乳が、それがどうも貧弱なのです」

止めてw そういえば、昔はブラのことを「乳バンド」「乳房バンド」とか呼んでいたんでしたっけ…?バンドまで英語にするなら、乳も英語にすればいいのに。いや、でもこの日本語訳は1978年に発行されたようですが、その当時まで胸をお乳って呼んでたとはちょっと思えないんだけどどうなんだろう。男性が翻訳してしまうと、女性の言葉遣いが「~ですのよ」「ですもの」とかのありえない言葉遣いになってしまうことが多々ありますが、これもその流れなんだろうか。お乳…。私も貧乳なので、上げ底ブラをつける時に「私のお乳が充分な大きさとは言えないんです」と言いながらつけたいと思いましたが哀しくなりそうなのでやめます。そうそう、私が読んでいるのは、旧版のハヤカワ文庫なので、今の新しいほうではきっと現代風の口調になっているのではないかと思います。まだお乳だったりしてw

しかしまぁ舎監のミス・ジョンスンが「あのこの胸当てが、押さえ込むようにはなっていないのです―その…押し出すようになっています」と相談し始める場面からして名シーンの予感がしました。女子学生には胸の大きさは一大事だし、妙に色気づかれたら学校側からしたら問題の芽になりそうだしで、こういう笑っちゃうような問題に取り組むのも日常の微笑ましい一場面。ファッションよりも親よりも生活の何よりもテニス一直線な所とか、しっかりした風に見えて母親の顔をみて大喜びするところとか、女子学生軍団の描写は可愛いし学生生活はほっこりします。

⇒ドラマ感想はこちら:【ドラマ】名探偵ポワロ『鳩のなかの猫』―鳩のなかの猫が犯人、鳩の中のペンギンはポワロ
アガサ・クリスティ 作品・感想一覧はこちら

以下ネタバレあり

旧弘前市立図書館

その楽しい描写があるから、学園を支える2本柱の一方の犯行には、まさかこの人であって欲しくはなかったな…という残念な気分になります。教師陣も女性まみれの女の園には、プライドの戦い、嫉妬がつきもの。人を殺しても最後死んだら許されるのか、という思いも感じる一方で、ミス・チャドウィックが悪人とも思えないのは、自分にもこんな感情に支配されてしてしまう瞬間はあるかもしれないという怖さがあるから。

理性で考える間もなく一瞬の強烈な感情につきうごかされる、こういうことは良い感情にしろ悪い感情にしろ誰にでも起こり得る。大抵の場合はその一瞬で我に返っておしまいになりますが、ミス・チャドウィックの場合は違った。コントロールする間も無いほどの間強い感情につきうごかされてした行動の結果が、あまりに大きなものだった。人が死んでいるのにこういう言い方は良くないとは思いますが、ミス・チャドウィックはただ運が悪かったと思ってしまう。第一の殺人事件が起きなければ、思いつめた夜に一人で出会ってしまわなければ、あの場所じゃなければ、きっとずっと嫉妬にさいなまれながらも殺人を侵すことはなかったんじゃないか。

ほんの一瞬、強い感情に流された結果、直前までそんな気は全くなかったのに気が付いたら人を殺していた。一言でいうと魔が差した、ということになるんでしょうが、ひとことで済ませるには結果が重大過ぎ、普通の人が背負うには罪が大きすぎました。最後死んだのは、本人にとっては幸運だったのか、罪を背負うことから逃げ出せたのか、しかし殺された方は浮かばれない。なんとも苦い思いが残ります。冷酷でも、完璧でもない、普通の人が犯してしまった過ち。そういえばドラマ版の『オリエント急行の殺人』にも善人が起こした過ちというテーマがありましたね。

とまあ本筋から外れたところではいろいろと思うことがあるものの、メインの殺人と宝石の行方というミステリーの本筋部分は正直これだけ…?と思ってしまう話。宝石のありかは読んでいて早々にわかってしまうし、それをスパイが狙っているという構図もあからさまに描かれる。あんまりにあからさまなので、殺人の犯人は他にいるんじゃないか、と思っていたのですが、結局そのままメインの殺人は宝石を狙ったもので。3つの殺人のうちの1つは別でミス・チャドウィックによるものだったというのが見どころなのかもしれないけど、それはメインの殺人じゃないのでいまいち驚きに欠けます。想像通りの動機による、想像通りの犯人。

しかもアップジョン夫人の言葉が学園内に諜報員が入り込んでいるのがわかるヒントになっていますが、これも相当無理がある設定で。ラストで犯人がわかった時に、「当時からこの人は殺し屋だと言われていた。一番危険なスパイの一人でした」と言っていますが、そんな人がいる学校に子ども預けて、自分は長期間ろくに連絡も取れないような行き当たりばったりの旅に出るとか、ありえません。話の都合上そうしました感がありあり。

話の都合上といえばポアロの登場は非常に後半になってからで、それもむりやりだした感がひどい。クリスティが時代の移り変わりとともに私立探偵を活躍させることが難しくなってきたと言っていたような気がしますが、いかにもそんな感じの登場のさせ方です。ポアロ無しのミステリーで良かったかも。いや、これ、ミステリーだったのか…?読み物としてはそれなりに面白いのですが、推理の面白さや驚きなんかはあまり味わえない。ポアロの見せ場は、「マギンティ夫人は死んだ」で出てきた壊滅的な料理の腕を持つチャーミングなモーリン・サマーヘイズが、ポアロにフライパンをもらってオムレツの作り方を教えてもらった成果が分かるところぐらいか。

ミステリー部分以外の所が面白い話、そしてポアロが要らない、そして私の好きな古いイギリス感がない。つまるところあまりポアロ物を読んだ気分がしないのが、学園物の面白さの割に個人的にあまり評価が高くない要因かもしれません。

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