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【ドラマ】名探偵ポワロ『三幕の殺人』 ―舞台的演出が良い


『三幕の殺人』

原作は主要登場人物が受け付けずずっと苦手で、最近はわりとそこまで嫌ではないもののいまだに苦手意識の残る作品。なのでドラマはどうかな~と心配して見ましたが、これはドラマの方が好き。

あらすじはNHKオンラインより―

ポワロは友人の元俳優サー・チャールズが開いたパーティーに招かれる。そこにはチャールズの親友の精神科医ストレンジなど、さまざまな人が集まっていた。だが、その席上で老牧師がカクテルを飲んだ直後に急死。殺人事件を疑うチャールズにポワロは病死だろうと告げる。
しかし1か月後、ストレンジは自分が主催したパーティーでワインを飲んだ直後に急死する。2つのパーティーの招待客はほぼ同じ。2人の死には関係があるのか…?

自信家で自己中な感じの鼻につく素人探偵団3人衆の性格がドラマではだいぶマイルドに、というか一人マイルドどころか存在すらなかったことに。原作では、「ハーリ・クィン」シリーズにも登場するサタスウェイトがポアロシリーズに友情出演し、エッグとチャールズと合わせて3人でほんの時折ポアロに助言をもらいながらも延々と素人探偵ごっこを繰り広げます。ドラマではサタスウェイトの役割をなんとポワロさんが代行!美術・芸術界のパトロンを務め人間観察を趣味としながら、人生においても舞台上の役者になれず常に傍観者の役回りを担っているサタスウェイトの役回りをですよ!自分を世界一優秀で有名な唯一無二の脳細胞を持った探偵であり、全人類がその偉業を知っているに違いないと思い込んでいるポワロさんがやるなんて。自分に対しては素人が指図するなと邪険に扱ったのに、相手がサー・チャールズとわかったらデレデレになって捜査情報をペラペラしゃべる、警察官のこんな扱いを甘んじて受けるなんて!そんな感じで90分脇役に追いやられた鬱憤のたまったポワロさんは最後の最後で激おこ―

⇒原作感想はこちら:【本】『三幕の悲劇(三幕の殺人)』(アガサ・クリスティ/ポアロ) ―出版社によって内容が違う?!
アガサ・クリスティ作品感想一覧はこちら

以下ネタバレあり

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というわけでもありませんが、サタスウェイトの役割=チャールズの友人という立場まで引き受けたもんだから、コミカルなラストの原作と違って友人に裏切られ、そして友人を告発せねばならないという結末に悔しさと悲しみの漂う物語になってしまったよ。そう言えば以前、ポワロさんが友人の犯罪を阻止した話(←リンク先ネタバレ注意)が合ったけれども、今回はできませんでした。重苦しい結末、「私は探偵です、審判は下さない」など、この回を含むシーズン12には『オリエント急行の殺人』もあるし、この話もなんとなく名探偵ポワロのドラマシリーズとしてのラストを意識したつくりになっているのかな。

さて、原作ではサタスウェイトが逐一今サー・チャールズが〇〇の演技をしているのだ、と読者向けに解説してくれるので、サタスウェイトがいないでどうやってサー・チャールズが無意識のうちに退役海軍士官やら探偵やら演技しているのを観客にわからせるのかと思ったら、服装!上手いこと考えたな。この話全体的に演出が結構独特で癖がありますが、私はすごく好きですね。

あのオープニングに始まり、いかにもセットな背景で一人アップで佇む登場人物紹介とか、カメラが動かず固定した構図の中登場人物のみが立ち位置を決めて動いていく場面の多用とか、なんか舞台を見ているのかと錯覚します。サー・バーソロミュー・ストレンジ邸に通される所なんかメイドさんの出入りが舞台袖に入っていくような感じだし、何かと言ったらスポットライトが当たってるかのように物や人をど真ん中で正面から映したり、室内では登場人物がやたら正面観客席側を向いて喋っていたりと、とにかく舞台を思い起こさせる演出。

事件全体が犯人による舞台、そしてその謎解きであるこの話はポワロ劇場。ちなみにドラマだとちょっと幕間が分かりづらいかもしれませんが、1幕目「疑惑」が牧師の事件、2幕目「確信」はモンテカルロでサー・バーソロミューの死を知るところから始まり、3幕目の「発見」でバビントン牧師の死の再調査に、です。犯人の舞台はこれで終わるはずでしたが、ポワロ劇場はこれからが本番、そして舞台にこだわったドラマラストは期待通り舞台での謎解きにもってきました。原作では普通にどこかの部屋で関係者も一部しか集めず。ここはやっぱり舞台でやってほしいよね~。

ちなみに、原作感想でも書きましたが、原作ではイギリス版とアメリカ版で2番目3番目の殺人の動機が違いいます。ドラマはイギリス版の話に沿っていたようです。実は妻帯者だったサー・チャールズは、本気で惚れたエッグと結婚するために、離婚できない妻と結婚を知っている友人を始末するという筋書き。私の読んだ原作はもう一つのアメリカ版で、サー・チャールズは独身で実はだいぶ前から精神状態が悪く、心配して経過を観察していた友人であり精神科医でもあるサー・バーソロミューに再度病院に閉じ込められるという迫害妄想を抱くようになり殺します。つまり殺しの動機は恐怖で、エッグは利用されただけ。ルーマスを去って外国に行く(兼、執事エリスになりすます)口実として、得意の芸道から濡れ事にかこつけたというわけです。色男といえどもう歳、若さには勝てずエッグはオリヴァーに惚れていると思い込み、プライドの高さから敗北した姿は見られたくないと外国へ去った、という筋書き。こうしておけばまたエッグに乞われてルーマスに戻ってくる口実も作れる。経験豊富な男は小娘をたぶらかすのなんかお手の物なのです。

主役を演じ過ぎた大物役者が、その役ゆえか周りの扱いゆえか、次第に誇大妄想を膨らませ、精神科に入院させられるまでに自らに病的な自負心を抱くようになる。引退して素朴な海辺の田舎へ引っ込んでも無意識のうちに無邪気な海軍将校を演じ、事件を調べて行く過程においては刑事役を演じ、そして犯行の際には下稽古までしてしまうという、大物役者のなれの果ての哀しさがアメリカ版にはあります…といいながら私はイギリス版は読んでいないのですが。ここまで”舞台”という演出にこだわったドラマだったら、アメリカ版の筋書きで見たかった気もしますが、イギリスのドラマなんだからそりゃイギリス版でやりますよね…。

色々な危険をおかしてまで殺人の下稽古をやるものかね?という原作でもあった疑問はドラマ版でも残っていますが、エッグもプリンプリンで可愛いし(原作であれだけ苦手だったのに)演出は素敵だしで私は原作よりドラマの方が好きです。原作はあまり読み返さないけど、こっちは何回も見てる。ちなみにお気に入りのシーンは、もちろんエッグがお金が入ったので服を注文しに来たふりをしてシンシアのお店を訪れ、マネキンがあれこれ衣装をかえて登場してくれるシーンです…こんなことを『青列車』や『ひらいたトランプ』でも描いたような気もしますが、こんなんばっかり目当てに見てる。原作読んだ時は普通にお店の中を想像していましたが、あんなホールみたいなプライベートで贅沢な空間だったとは。ここら辺が庶民の想像の限界。

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