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【本】ミス・マープル『鏡は横にひび割れて』―ヒヤッと心の凍る哀しい話


『鏡は横にひび割れて』☆☆☆☆☆
 
パディントン発4時50分』に次ぐミス・マープル物。そして『パディントン発4時50分』に引き続き星5つです。こちらは文句なしに星5つ。マープル物はポアロ物よりおそく、このあたりが黄金期なのかな。この話、学生時代に読んだ時はたいして何も思わなかったけれど、ある程度の年になって読むとわりとくるものがあります。センシティブなテーマも盛り込まれているので、万人に勧められる話でも、手放しで面白いと言える話でもないので、これから読む方は注意が必要かもしれません。またトリックより動機に中心をおいた話なので、つまらない人にはつまらないかも。

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セント・メアリー・ミードにも、近代化の波が押し寄せていた。野戦病院部隊の記念パーティが行われるのは昔バントリー夫妻の住んでいたあのゴシントン・ホール。売りに出され何度も持ち主がかわり、今は映画スターのマリーナ・グレッグと映画監督の夫妻が住んでいる。記念パーティに招かれたバントリー夫人は、マリーナの凍りついたような一瞬の表情を目にし、シャロット姫を思い浮かべる。そしてパーティ会場では招待客が変死を遂げる。




初めは結構暗いです。年をとり、付き添いのおせっかいなミス・ナイトにおばあちゃん扱いされ手取り足とりされるミス・マープル。視力が衰え編み物も満足にできない。あのセント・メアリー・ミードも時代の流れに逆らえず、醜い新興住宅が立ち並び、『書斎の死体』の舞台になったお屋敷ゴシントン・ホールも売り払われている。そしてさらっと明かされる初期の登場人物達の死。バントリー大佐、ミス・ウェザビーは亡くなっています…といっても実は三婆様達(リドレイ夫人、ミス・ウェザビー、ミス・ハートネル)の区別がよくつかないのだけれども。

ということで、ちらっと三婆様達のおさらい。

リドレイ夫人:グリゼルダとデニスにイタ電された人。厳格な感じ?

ミス・ウェザビー:『牧師館…』で「感受性と意地悪さをないまぜにしたような人となり」と描写されている。ケタケタ笑ったりして意外と割と明るい?法廷に立つなんてもってのほかです、と言ったら牧師さんに座って陳述もできると言われてしまった人。

ミス・ハートネル:貧しい人々の家へ頼まれもしないのに訪問をしている人。『牧師館…』でくしゃみを聞いた。「昔ながらの殺人」でスペンローの家へガシガシ入って行って死体発見した人。

うん、やっぱり区別がつかないw 別に初期の話を知らずこの話単独で読んで十分わかる話ですが、村の状態や住人を知って読んだ方がいろいろと思うところがあると思います。



牧師館の殺人が1930年、『鏡は横にひび割れて』が1962年、現実の時間と作中の中の時間が一緒じゃないにしても、『牧師館の殺人』でお腹に宿ったと思われる赤ちゃんが、既に就職する程の年月は経っているらしい。だがしかし、『牧師館の殺人』の12年後に書かれた『書斎の死体』では、その赤ちゃんはまだ生まれたばっかっぽかったけど…。時の流れがよくわからない。違う赤ちゃんなのか…?いや、多分深く考えてはいけない。そして、”ミス・マープルは一体何歳なんだ…?”ということは、もっと考えてはいけない。多分。

クリスティ作品に付き物の忠実ないわゆるメイドさんも、今作では今は昔のものになってしまいました。でも新しい時代の流れと変化を、心の中でため息をつきつつそれはそれで受け入れるミス・マープルは流石です。こそっと抜け出し向かった新興住宅で、新しい人々を自分の眼で見、話をして、新しい中にも昔の村の人達と変わらない人間性を見つける場面はなかなかいいです。

後半、ミス・マープルが「インチを読んでちょうだい」とナイトを制止し動き出すシーンは、待ってましたと言う感じでした。やっといつものマープルさんが見られます。そうさせたのは掃除機をかける現代的な”メイド”のチェリーですね。”(マープルに)無力な年寄りという気持ちを吹きこんだのはあの女(ナイト)だ”と指摘し、彼女に必要な世話をし若い活力を吹き込める、新興住宅に住む明るい若さに満ちたチェリー。二人ならいいコンビになりそうです。この後の話があまり書かれなかったのが惜しいわ。


以下がっつりネタばれあり


学生時代に読んだ時は無知だったので、妊娠初期の風疹で赤ちゃんに障害がとか、知識がないとわからん推理小説はつまらんと思っていたけれど、大人になって読むと、風疹だけでなく、マリーナ・グレッグの手の震えや絵画等、あ~不妊か赤ちゃん関係で何かあるんだなと、特に女性ならすぐわかる描写になっていました。読む年齢によっても感想が分かれそうです。


「大女優マリーナを狙った、映画界の黒い陰謀渦巻く殺人計画。しかしマリーナが飲むはずだった毒入りカクテルを、パーティー招待客として招かれていた村の住人バドコック夫人がハプニングで飲んでしまい死亡」―と思われた事件でしたが、実際はバドコック夫人を、大女優マリーナが狙って殺した殺人事件でした。しかしなぜ初対面と思われる、とるにたらない村の住人を大女優が殺したのか?それはこいつが自分に風疹をうつし、やっと授かった赤ちゃんを障害児にした元凶、ということに気づいたから。

マリーナの大ファンだったバドコック夫人は、若いころマリーナがやってくるというのでどうしても会いたいと風疹にかかっているのに会いに行き、長いこと不妊に悩みやっと赤ちゃんを授かった妊娠初期のマリーナに風疹を移してしまう。あれだけ願った実の子供は重度の障害をもって産まれた。もともと心の弱かったマリーナは、これで精神を病んでしまう。その後再婚しパートナーの支えで何年もかけてどうにか立ち直ろうとあがいていたところに、突然目の前にあらわれた災厄の元凶。

マリーナは正直好きなタイプの女性ではなく、自己中だし、養子や実子にした彼女の仕打ちと犯した罪を思えば彼女に同情する余地はあまりないのですが、それでもバドコック夫人の話をきいたマリーナのショックを思うと、そこはいたたまれない気分になる。哀しい話です。何十年もの苦悩の元は、この女だったのか!そうわかった時の彼女のショック、心の嵐の凝縮されたような瞬間だったろう。

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若いころに、風疹で病んだ体を押してあなたに会いに行ったと、「自慢のエピソード」として語るバドコック夫人。何の悪意も持たないゆえに誇らしげに語る”加害者”。その後何年も、誰に風疹をうつされたかもわからず自分を責めて苦しんだであろう被害者の前で、自分が加害者であったことすら気付かず笑みを浮かべて”犯行”を語る残酷な場面、それが”鏡は横にひび割れぬ”とテニスンの詩の引用で表現された瞬間だったわけです。写真に写ったその表情は、恨みでも怒りでもなくて無表情だった、というのが強く印象に残ります。クリスティはどこかで何かそんな強烈な表情か写真をみて、この話を思いついたんだろうか。

マリーナもバドコック夫人も、現実にこういう人いるよな、と思わせる人物描写で、こういうのはクリスティはうまいですね。こういう人いるよな、だけでなく、あれ、ちょっと自分の中にも…と思ってしまうような。どろどろした闇を一瞬覗くような怖さがあります。バドコック夫人のような、独善的な周りの気持ちを考えない”いい人”は、『春にして君を離れ』の主人公をどことなく思い出させる。ナイトもこのタイプか。悪意をもたない加害者(この作品ではそれゆえ被害者になったけど)、とでも言うべきなのか、このタイプは主役級・端役問わず他のクリスティ作品でもたまに出てきて、こういう人へのクリスティの視線は一貫して冷ややかですね。

読むと心に冷たい物のできる哀しい話なので、何度も繰り返し読んだりはしませんが、とても印象に残る話です。

鏡は横にひび割れぬ
「ああ、呪いはわが身に」と、
シャロット姫は叫べり。
―テニスン


by カエレバ
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