旅行鞄にクリスティ

海外旅行とアガサ・クリスティとマイリトルボックスレビューのブログ 最近はコスメ・ファッションに侵食されぎみ


【本】小物臭漂う若者達に混じった殺人犯―ミス・レモンファンに捧ぐ『ヒッコリー・ロードの殺人』(アガサ・クリスティ/ポアロ)【ネタバレなし】


『ヒッコリー・ロードの殺人』☆☆☆★★

1955年に発表された、『ヒッコリー・ロードの殺人』。アガサ・クリスティの著作の中では後期の、黄金期を経て玉石混合の50年代に発表されたポアロ物で、この作品はどちらかというと「石」の方でしょうか…。まずはあらすじ。

ポアロの完璧なる秘書、ミス・レモンの姉が勤める学生寮で頻発した盗難事件。盗まれたものは片方の靴や、電球、コンパクト、リュックサック、料理の本といったとりとめのない物達。ポアロが講演と称し寮に乗り込み、警察を呼ぶよう助言したため、その場で犯人は自供。学生の現代的な恋愛劇に利用され、狙い通り相手との婚約を果たすという形で不愉快な事件は解決したかに思えたが、数日後、犯人自殺の報がポアロの元へ届く。

アガサ・クリスティ作品感想一覧はこちら
⇒ドラマ版感想はこちら:【ドラマ】名探偵ポワロ『ヒッコリー・ロードの殺人』 ―お下劣回(主にジャップ警部)

登場人物は学生や若い人たちばかりなので、他の作品に比べると全体的に登場人物に小物感があります。寮の住人の中では、道徳観の薄いファッショナブルな美人ヴァレリ・ホッブハウスが比較的目を引きますが、彼女もそこまでの印象は残さない。

一番の見所は、ミス・レモンの姉、ハバード夫人の存在。ミス・レモンより面倒見がよく人好きのする印象ですが、ミス・レモンに似て冷静で一歩引いた実務的な態度で、寮の学生も手の焼ける経営者もうまくあしらっています。ミス・レモンの姉らしいといえば姉らしいですが、意外といえば意外。どっちだ。ミス・レモンはポアロに、姉が(もっと言えば家族が)あろうとは想像できない、と失礼なことを思われていますが、確かにそんな感じの人物像です。ポアロに完全な機械製品と評されるミス・レモン、無器量ながらすこぶる有能で、病気になったことも疲れたことも心が動揺したこともなく、いい加減な仕事をしたこともない、完璧な秘書ミス・レモンに姉がいて、姉のことを考えタイプライターでスペルを3つも間違えるとは!しかもミス・レモンのクリスチャンネームが何とも可憐なフェリシティ(至福)だとは!けしからん!



これでは仕事にならん!という建前で寮に乗り込みますが、実のところはポアロは退屈していたのです。気の乗らない事件を引き受けるほどお金に不自由はしていない成功した探偵、かといって興味を引く事件もなく、また探偵という職業が段々と時代遅れになって行き、もてあました時間でこれまで以上に美食を追求していく様子が描写されていたりと、後期のポアロはよく退屈していて、時代の流れが少し寂しい気もします。この辺は、老いてなお元気になっていくクリスティの生み出したもう一人の探偵「ミス・マープル」とは対照的。

常日頃男女の愛情に優しい目を向けているポアロですが、なんでか知らんけど今回の若者達数組の恋愛劇には、飽き飽きしています。
「このごろの若い男女を結び合わせるのは、環境に対する不適応とかコンプレックスなんですな」
「まったくばかげていますわ」
とか、”盛りのついたスパニエル”とか結構ひどいこと思いながらイラッとしているのが面白い。何かあれば不幸な生い立ちを免罪符にし、誇張された不幸を誇り、自分はこんなにも大変な思いをしているのだと思い込み、他人より一歩上に立っていると錯覚する。恋愛においても相手にかわいそうな生育環境や人より不幸な点を見つけ、それを包み込む自分に陶酔する。この時代、ビートルズがでてくる一歩手前の時代で、ポアロに駄目出しをされている若者も今の時代はすでに老人になり「近頃の若者は」という言う方にまわっているわけですが、この若者論に関しては当時の若者だけでなく現代も当てはまりそう。いつの時代も人は変わりませんね。



ポアロの女性観に関しても今回は面白い。「服装や社交的なことが好きなのはくだらない娘だ」と言う30にもなって化粧っけのないパトリシア・レインへ、日頃は女性に優しいポアロが思った言葉が

「いやはや、まったく魅力がないね」
「知性も教養もあるけれど、年を重ねるごとにますますうんざりするような女になるだろうな」

ポアロはしっかり足首まで隠した服装から、何かの拍子にちらりと見せる靴下止めなんかが好きなタイプなので、あけっぴろげに見せすぎの女性には醒めた目を見せますが、それ以上に女性らしさを放棄した女性はお好みではないようで。普段はわりと女性に甘く、若者の恋愛のキューピッドを買って出る優しいポアロも、今回は全体的にぼろくそ言っていますね。このへんはクリスティの好みが現れたのか。

事件の犯行は、最終的に説明されない部分が多く、いろいろなことが腑に落ちずに終わってしまいました。今回の感想はネタバレなしにしたので詳しくは書きませんが、大掛かりな話になるとクリスティはあまり上手ではないようです。犯人の追い詰められていく感じや、ポアロ関連の記述で個人的にはそれなりに楽しめましたが、推理部分をメインに読む人には物足りない話だと思います。原題は”Hickory Dickory Dock”、マザーグースの歌ですが、この歌もいまいち本筋に絡まないのが残念。



 ⇒アガサ・クリスティ作品感想一覧はこちら


あなたは彼女が好きだったの?マドモアゼル ―エルキュール・ポアロ


関連記事

 ,