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【本】『愛国殺人 』(アガサ・クリスティ/ポアロ) ―きょう は はいしゃ の ひ


『愛国殺人 』☆☆☆☆★

子どもの頃から歯科に漂う消毒液のような匂いが大好きでスーハ―スーハーしていた私にとっては、待合室で見かける人見かける人全て不快で凶悪な人物に見えるまでに恐れ慄いているポアロが全く理解できません。歯医者の椅子の上でプルプル震える哀れな子羊になり、逃げ出せればどんなによいかと願いながらも、規律と清潔を好む彼は年2回の歯科での検査を己に課さずにはいられない。そういえばこの作品、後述しますが自分の意志ではどうにもコントロールできない程のこだわり、信条に突き動かされて行動するポアロが、別のシーンでも見ることが出来ます。とりあえずあらすじ―

歯科での検診を済ませたポワロの元に、歯科医モーリイのピストル自殺の報が入る。何の変わった様子も無かった歯科医が、診療の合間に自殺を図る…?その日の患者は、ある富豪のギリシャ人以外は古くからの患者のみ。その内の一人、銀行頭取を狙った殺人ではないかと調査をするジャップ警部とポワロであったが、モーリイに最後に会ったと思われるそのギリシャ人が、治療後死亡してしまう。警察ではモーリイの死は、治療中の過失致死を悔やんでの自殺とみなすが―

確かに言われてみれば歯医者の椅子の上では誰もが無防備で間抜けな恰好で、急所を晒して全てを歯科医に委ねている状態なわけで、何されても気が付かなそうです。しかしクリスティは治療を受けながらこんなこと考えていたんでしょうかね。クリスティの歯科医が読んだらびっくりですね。この作品を最後に読んでからかなり間があいていたので真犯人以外は結構忘れており、わりと新鮮な感じで読めました。ポアロが世間への憂いとそれを感じる自身の老いを自覚し始めており、1940年の出版なので作品としては中期ぐらいの位置づけなのかもしれませんが、後期の作品に見られる陰鬱な祈りのようなものが感じられるお話になっています。

今作ではクリスティ作品でおなじみマザー・グースの歌が登場。歌に見立てて殺人を行うのではなく、数え歌の歌詞が各章のタイトルになっているスタイルです。ちょっとこじ付け感のある章もありますが、私は特に、事情聴取をしようとしたアムバライオティスがついさっき死んだことを告げられ、

一枚の扉がそっと、しかもどっしりと閉じられたようにエルキュール・ポアロは感じた。

と終わる 2章「さん、しい、そのドアを閉めて」での使われ方が好きです。どんな曲かな~とyoutubeを漁ってみたところ、お気に入りのこの部分の歌詞が、open the door バージョンと shut the door バージョンがありました。真逆じゃないですか。どっちにしろ意味わからないけど。歌詞を文字だけで見たら不気味な感じだけど、聴いてみたら意外と明るい曲だったのでびっくりしたわ。

何度も書いているような気がしますが、私はクリスティの描く多国間を股にかけた冒険・スパイ劇~的なノリの話がとても苦手なので、スパイやら秘密結社の文字が出てきた時は目の前が真っ暗になりました。しかしそれにしては面白く、読んでいると続きがきになりあっという間に一気読み。


以下ネタバレあり。『邪悪の家(エンドハウスの怪事件)』の核心部分のネタバレも含む。

青森銀行記念館


結局のところスパイやらなんやらの組織による政治的な殺人ではなく、大きなところは私生活に由来する殺人でした。だから面白かったのか←

再読中は、”あれ?題名がネタバレ?いや、一応出てくる容疑者は方法の差こそあれ愛国を掲げている点では一緒なのでそこまでネタバレでもないのかな~”と思って読んでいましたが、思想やらスパイやらによる組織的犯罪のように思えたのはミス・ディレクションで実は重婚がバレて現在の支配的立場を失うことを防ぐための私的な殺人でした…と思わせて「俺の立場危うし。俺国にとって重要な人物だから守らなきゃ」的なひねりの効きすぎた愛国(もはや愛国と言えるかどうか)殺人だったので、やっぱりネタバレなのか…?う~ん。よくわかりませんが、割と気に入っている題名でもあります。

いろいろ取っ払ってみると、ひと違いの殺人事件と思われていたものが、結局は手違いで殺されたと思われた人物が本来狙われていた被害者で、狙われるべき被害者だ思われた人が犯人、という『邪悪の家(エンドハウスの怪事件)』的な筋なので、目新しさはありません。ですが面白い。犯人の人物像と、ポアロの思想と信条と間での逡巡に読んでいて引き込まれます。

犯人がとても印象に残るのは、彼が私的な動機だけで殺人を犯したのではなく、結果的にそれが本当に国のためになると信じていて、そして実際良くしえる能力を持っていたからでしょう。それゆえにポアロも犯人を告発するのをためらい苦悩します。自身を重要人物とみなし自身が支配的立場にいることがこの世界のために重要であると考えるのは驚くべき傲慢さですが、実際にそれに見合うだけの、この国を立て直しファシズムから解放しといったこれまでの実績がある。奢らず地味で簡素な生活を送る非常に有能なトップ、ポアロが大切にするこの世界の安全や平穏を支える要となる人物で、彼が追いやられた後は、革命の名を借りた破壊活動にいそしむ過激派の台頭が危ぶまれている。

彼の中では徐々に権力への執着心が、それを脅かすものを殺すまでに肥大していった一方で、きっと何事もなければ、人々の平穏な暮らしを守る理想的な支配者のままでいたのでは、と思えるところがなんとも惜しいです。中国服買って書道☆キャピッとかやってるどこぞの首長に比べたら、非常に羨ましいトップでありますw しかしやはり、世間にとって己の支配を他の人間の命の一つや二つより重要なこととまで捉えだすと、一線を越えてしまったとみなすべきでしょう。

国に住むものの幸せを謳いながら国民を弾圧し、または平和主義を掲げながら反対することを認めず暴力行為に及ぶやからはどの時代・どの国にもいるもので。どんな主義主張も大抵は世のため、人のため宇宙のためという大義を持ち出していますが、にもかかわらず敵対する主張の者に破壊行為を持ち出した時点で掲げた大義は偽物になり、傲慢で薄っぺらい人間性が露呈するわけです。一方で、世の中の全員が幸せな幻想世界を目指すのは現実的ではなく、大勢の幸福のために少人数が犠牲になるのを選ぶ方法も、世の中の運営の仕方としてはありです。多くの場合どこで踏みとどまるか、どこで妥協するかが焦点となるわけですが、どんなに重要なものであっても、ポアロにとって、そして多くの人にとってやはり殺人、人を直接的に殺してまで守るべきものかどうかというのが一つのラインになるのでしょう。

ポアロとフランク・カーターとの面会の場面は非常に印象的です。フランク・カーターはド○・キホーテあたりにいそうな典型的なチンピラで、ろくな仕事につかず上手いこと言って女性をひっかけることしかできない、言ってみればカスですよ。能がないのに威張り腐って、窮地に陥ったら意味なく吠えることしかできない。そんなのと向き合っていたらそりゃうんざりします。別に依頼されたわけでもないしこいつを助ける何の義務も責任も無い、自分の置かれた危機的状況も理解できず最後の頼みであるはずのこのポアロにまで口汚くののしり虚勢をはる男をなぜ助けなければいけないのか。常日頃皇室や貴族に依頼されることに喜びを感じているブルジョア気質のポアロにとっては、なおさら不快極まりない仕事で。

こんなポアロ曰く「屑」の無実を証明しなくてはならず、そしてそれがポアロの是とする秩序と安全と公正さのある世界を支える男を絞首台に送ることになる。何のためにこんなことをしているのか、心底疲れ老いさえ感じたポアロは、心ではこんな屑を見捨てたいと思いながらも踏みとどまります。己の信ずるままに動く、というより信条に動かされるような姿が、いかにポアロの真実を追求する心と、一人一人の命を尊び殺人者を許さないという思いが硬いものかを伺わせる場面。

「私にとってはこの四人の人々の生命も、あなたの命と全く同じほどに大切なものだったのです。」
「私のたずさわっているのは自分の命を他人から奪われない、と言う権利をもっている個々の人間に関することです。」

この話に関わらずポアロの物語で度々提起されるテーマがここでも提示されます。シリーズ通して何度も出てくるのでそのたび考えさせられ、私も自分なりの考えは持っているものの、一人の命と多数の命がかかった場合は?とか、殺人と死刑は?と考え出すと毎回袋小路に迷い込み、自分をちゃんと納得させるだけの論拠のあるものは出てこず。それだけに時に苦悩したりしながらも最後のあたりまで殺人者を許さない姿勢を貫くポアロに安堵の気持ちを感じます。そしてそんな主張を、「モーリィ氏の他にもいい歯医者はいるが、このエルキュール・ポアロは広い世界にただ一人である」とか思ってるポアロが言っちゃってると思うと笑える、いや、だからこそこの言葉が重みをますのだわ、とか適当なこと言ってみたり。

そして、良かった、苦手なスパイものじゃなかったんだ、面白かった…と安心した最後の最後に本物のスパイ登場。お前はすっこんでろ!と思ったものの、割と重い話の中でオチの効いた終わり方にほっとしたものを感じるラスト。

殺した人数3人+濡れ衣被せる用に1人用意(未遂)

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