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【ドラマ】名探偵ポワロ『愛国殺人』 ―愛国殺人?

『愛国殺人』

…別物?『愛国殺人』のドラマ化のはずですが、これはホラーですか?なんかスローで童謡流れたりして結構怖いのですが。原作と話の大筋は一緒ではあるものの、雰囲気が違うのと大きな見どころだったところがすっぽ抜けているので、印象がかなり異なります。『愛国殺人』のドラマ化として期待していたものからは大幅にずれていたのでそこは残念ですが、原作取っ払って一つの話としてみるとそれはそれで面白いかも。

ドラマだと歌の説明があまりなかったのでわかりづらいかもしれませんが、家の前で遊んでいたあの女の子たちが歌うマザー・グースの歌の歌詞に沿って話が進んでいきます。そして『愛国殺人』の原題「ONE, TWO, BUCKLE MY SHOE」は、その歌の出だしです。なお、歌詞に沿って話が進んでいくといっても比喩的な感じなので、歌詞だけ見ても話しの筋は全くわかりません。ちなみに原作感想時に、 2章「さん、しい、そのドアを閉めて」の歌詞部分が、open the door バージョンと shut the door バージョンがあると書きましたが、ドラマでは knock at the door に。昔の口伝えで伝わっていく童謡は、ちょっとずつ変わっていろんなバージョンができるんですね。

あらすじは原作感想の方に書いてあるので省略。

⇒原作感想はこちら:【本】『愛国殺人 』(アガサ・クリスティ/ポアロ) ―きょう は はいしゃ の ひ
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以下ネタバレあり

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実はブラントは重婚で、「ブラントの妻(富豪の銀行頭取 レベッカ)の友人」を自称し現銀行頭取ブラントに近づいたとされる怪しい女メイベルは、実は本当に妻(インド時代の妻 ガーダの方)の友人で、ただの善良な一般市民だった、というのが謎解きの見どころの一つだったのですが、ドラマではしょっぱなからインド時代の妻の存在を匂わす予想外のアレンジ。原作では、日本・アメリカ版の題名『愛国殺人』がネタバレではという心配がありましたが、ドラマでは冒頭がネタバレか。私は原作知って見ているので何とも言えませんが、何も知らずに見ていた人は、冒頭に出てきた妻と頭取になってからの妻が違うのに関してどう思ったんでしょう?話がサラッと進むので、不思議に思いながらもそのまま流れてしまう感じか?

ネタバレかと思われるほど『愛国殺人』というのが一つのテーマだった原作に対し、ドラマ版ではどっちの陣営も愛国?なにそれ?状態で、ネタバレどころか題名間違いみたいな雰囲気。徐々に権力への執着が膨らみ自身の保身のために3人も殺したブラント氏は、一方で巨大な富を持ちながらも華美を好まずまじめな生活を送り、国民の安全を守ってきたこの国のシステムを代表するような保守の要の人物で、もし失脚したらファシズムと暴力と革命によって多くの人命と自由が失われる結果になるであろうと考えられる、国にとってなくてはならない人物である。ブラント氏の地位を守ることは国益につながる、そう思い込んだゆえの「愛国殺人」でしたが…なんでしょうね。ドラマ版だと彼の実績も愛国的な面もすっかり影を潜め、にもかかわらず「俺有能フハハハ」部分と背徳的なスリルのある関係に興奮しているところだけはしっかりと残っておりw

ブラント氏「ガーダは楽しんでやってた。そうだろう?ガーダ」

え?どんなプレイ?的な。犯人が妙な性癖を持ったただの嫌な人になり下がっていたw なにこれ~ もうちょっと有能さと実直さを出してほしかったわ。ポワロが本質的には彼の思想に共感し、彼に代表されるようなイギリス社会のあり方を大事に思っていたからこそ、それを犠牲にしてまでも彼を逮捕した決断に、ポワロの「殺人者は許さない」という信念を感じられるわけで。ドラマだと、なんか性格悪い支配階級 VS それを嫌う庶民 的な薄っぺらい対立構造になっていた。あんまりの犯人のクズっぷりには、「自分の耳が信じられんな」というジャップ警部に全面賛成ですよ。本の感想を書いた時に、この話の一番の見どころとして挙げた犯人の人格とポアロの苦悩が一切合切省かれていたのにはびっくりというか残念と言うか。

薄っぺらい対立構造は、アリステア・ブラントに代表されるブルジョア保守陣を目の敵にし、地下運動に傾倒しダイナマイトで古いものをぶっ飛ばして進歩・革新・新時代的なものを目指している、ジェーンの恋人ハワード・レイクスという人物がカットされていたのも一つの要因か。その代わりただのダメ男だったフランク・カーターにとりあえず政治属性をつけて、ナチ(?)みたいな感じにしてブラントと対立させていましたが。う~ん、どっちの陣営も本気度が足りんわ。

でも100分と言う短い時間内にストーリーを収めるには、あれもこれも重きを置いてはいられないのでしょうがないのでしょう。政治的要素は切り捨てて、ホラー要素と、「セインズベリーシールとはだれか?」という点に絞っているようです。しっかし絞っているはずなのにこの話は複雑ですね。話を知っていても、あれ?あれ?これ誰?この時点のセインズベリーシールは誰?チャップマン夫人は?と時系列と人物がいろいろこんがらがってきます。もしかしたら、原作の方が分かりやすいかも。

冒頭は白黒の映像にスロー再生される童謡、子どもたちの歌う意味が分からない歌詞、これがポワロシリーズ?!と驚きの怖さ。昔の歯医者の診察台もおどろおどろしいし、「覚悟しといてくださいよ」とジャップ警部が言うほどの腐乱し顔をめちゃめちゃにされた死体に、ファシスト連合。思わずヘイスティングズかも~ん!とあのおバカ要素が恋しくなってしまう雰囲気の本作。愛国殺人のドラマ化と考えるといまいちですが、ホラー的な要素がかなり強くなってこれはこれで結構好きです。

そしてヘイスティングズ&ミス・レモンの替わりに、今作の癒し、ジャップ警部のお家が見られます。仕事着でなくてちょっとリラックスした休日ファッションに身を包み、奥さんの留守中にガシガシと植木を剪定し、ガニ股で歩きながらお客さんに(不味い)お茶をいれてきちんとおもてなしするジャップ警部、素敵。私はドラマ版のポワロとヘイスティングズ、ジャップ警部の中では、ジャップ警部が一番好きです。



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