旅行鞄にクリスティ

海外旅行とアガサ・クリスティのブログ 最近はマイリトルボックスレビュー・コスメ・ファッションに侵食されぎみ


【本】『ナイルに死す』 (アガサ・クリスティ/ポアロ) ― 一番好きな話だったけれども

『ナイルに死す』 ☆☆☆☆☆

来ました、前にアガサクリスティで好きな作品№1にあげた『ナイルに死す』です。今はドラマを見るのに合わせて再読しているわけですが、先週が№2の『杉の柩』だし『五匹の子豚 』もあったし、ドラマスタッフは私を狩りに来ておる。普段読む時はあまりに好きなものは再読を後回しにしていたりします、なんとなくもったいないので。好きなものは最後に食べる派です。

クリスティの女性のドロドロ系の話、そして旅行物 & 富豪系の話、というとても好みの題材の揃った大好きなこの作品、ストーリー以外にもまだ見ぬエジプトのはるか昔の荒々しい情景を感じさせる舞台に、体験したことのない豪華客船での旅…!と未知の情勢と船旅へのあこがれを込めて毎回読んでいたわけですが、ちょうど今回読んでいる時にクルーズ旅行に行くことが決まり(日本近海ですが)ヒャッハー!俄然張り切って読んじゃうよね。まだまだ先ですが、絶対この本は持って行くわ。

で、そんなこんなで結構久しぶりに再読したのですが…あれ、こんな話だったっけ?とりあえずあらすじはこんな感じ。

親友ジャクリーンより婚約者サイモンを雇ってほしいと頼まれた若く美しい大富豪のリネットは、紹介されたサイモンに一目ぼれしてしまう。ジャクリーンとサイモンの婚約は破棄され、リネットとサイモンは結婚しエジプトへ新婚旅行に向かう。しかし旅行の行く先行く先でジャクリーンが二人を待ちかまえており、ナイル川遡る観光船ではついにジャクリーンがサイモンに向けて発砲事件を起こす。幸い命に別状はなかったものの、翌朝リネットが銃殺されているのが発見される。


カタログ通販ベルーナ(Belluna)

この話にはレイス大佐が出てきます。レイス大佐は、『茶色の服の男』『ひらいたトランプ』『ナイルに死す』『忘られぬ死』に登場する陸軍の諜報部員。なんかたまにバトル警視とごっちゃになってしまうのですが、バトル警視は子だくさんで娘さんがいる木彫りみたいな警視の方で、『チムニーズ館の秘密』 『七つの時計』 『ひらいたトランプ』 『殺人は容易だ』 『ゼロ時間へ』に登場。

他作品にも登場する人物と言えば、ヴァン・スカイラーの古い友人ルイス・ヴァン・オーディンというのは、『青列車の秘密』の富豪ルーファス・ヴァン・オールディンのことですかね。どちらもアメリカの大富豪なので知り合いっぽいし。そしてコーネリア・ロブソンはのちの『白昼の悪魔』で、知り合いの人が出てきます。

で、この話、これまでは完全にジャクリーンに肩入れして、親友の婚約者を奪うなんて酷い奴だ、しかもお金持ちで美人でキーッという感じでリネットを見ていたわけですがw 改めて読むと別にリネット悪いことしてなかった。不倫でもないし、ちゃんと(?)婚約破棄して結婚してという手順を踏んでいるわけで。実際自分がやられたらものすんごい恨むと思いますが(幸いなことに親友とごたごたしたことも不倫も経験はありませんが)、一歩引いて見ると誰を選ぶかはサイモンに選ぶ権利があってジャクリーンは選ばれずリネットが選ばれただけなので、単にジャクリーンの魅力不足の一言で終わるべきところを、親友だからとこじ付けて阻もうとするのはモンスタークレーマー的なところがあり。

まあそうはいってもリネットもやっていることはいちいち正しいものの細々と鼻につくのでそんな共感できず、つまりだれにも肩入れできずそこまで入り込めず、なんか第3者的視点で淡々と読み進めてしまった。大人になって昔苦手だった話がそこそこ読めるようになる(『三幕の殺人』とか)ことがありますが、これはその逆か。

⇒ドラマ版感想はこちら:【ドラマ】名探偵ポワロ『ナイルに死す』 ― (ジョニデ+スネ夫)÷2+パンチ3回=ティム
アガサ・クリスティ 作品・感想一覧はこちら

以下ネタばれあり

船


そんなことを思いながらも長い話を最後まで一気に読み、そして最後のジャクリーンとポアロの会話のところでやっぱりグッとジャクリーンに心動かされてしまいます。何もかもバレてしまった後に、

「本当はごく簡単よ。つまりね、あたしとサイモンはとても愛し合っていたの…」

と静かに諦めと共にポアロに語り掛けるジャクリーン。お金もプライドも何もいらず愛だけあればいい、それだけで幸せだという幻想を持てる彼女の様子には、なぜか子供のような無垢さも感じ。人を直接2人、共犯分もいれて3人も殺している凶悪犯なのに、つい同情してしまいそうになるこの哀れさは何なんでしょうね。しかも一人は元親友だし。

自分とサイモンがいかに愛し合っているかを、大事な秘密のようにひっそりと打ち明ける様子や、悪い星とわかっていても自分の星についていくしかない、と物売りの真似をして言うところなど、この作品で印象に残るのはやはりジャクリーンとそこに漂う哀愁です。そしてもう一人強く印象に残る女性が、ロザリー。何だかんだ言ってもこの2人の女性の生きざまには、共感できはしなくとも引き込まれます。

ロザリーの物語はとても胸が締め付けられます。仏頂面で愛想がなく、あまり人と関わらず、時折自分の不幸を恨み幸せな人を妬む様子を見せるロザリー。斜に構えた、幸せになれなそうな娘という印象だった彼女は、実は精神的な問題を抱えた家族に長い間振り回され傷つけられながらも、やはり愛情があってどうにかして助けたいし周りから守ってやりたいともがいていた。これまでやられた仕打ちと疲れ・諦め、そして家族間特有の遠慮のなさから酷い態度をとってしまい、周りからは冷たい娘だと思われるがしかしそれは家族を守ろうとしているからこその疲れ・絶望であった、という孤独に戦うロザリーの姿が分かると、これまでの彼女の行動がかなり違う物に見えてきます。どんなに四六時中気を付けていても、アルコール依存症特有の狡猾さで酒を調達し隠れて飲み、いつしかそれを阻む娘に攻撃的になっていく母。

あの状況では母親が治るのは無理だったのかもしれませんが、それでもそんな母親に深い愛情を持っていて死んで泣くロザリーと、彼女のこれまでの苦しみがすべて無駄になってしまったことを考えると、どんなに哀れでも殺したジャクリーンへの嫌悪感が出てきます。愛を免罪符に、愛した異性以外の人に苦しみを与える人を、情が深いと言っていいのかどうか、これはもう愛というより宗教・主義信条の部類か。思い込みが激しいことは悪ですね。

やっぱりジャクリーンには批判的な視点になってしますが、それでもこの2人の女性の描写にはいろいろ考えさせられるものがありました。しかしこの2人以外はどうなんだろう。特に最後の方でバタバタとその他の余計な謎が解けて事件の主要部分のみが浮かび上がってくるわけですが、そのバタバタ加減が適当でハイ次ハイ次と流れ作業的に解決していって、あ、物語の締めに入っているんですね、感が漂っており。特に共産主義に傾倒して破壊だ革命だ騒いでいたファーガスン は、頭に花咲いてる系のめっちゃ良い人コーネリアにいい込められて「ははこりゃいっぽんとられた」でプロポーズ、結婚とか馬鹿にしていたこの僕がだよ、的なすんごい小物臭を放ったセリフで。そしてもちろん断られていた。この茶番を一言の口もきかずに見つめているポアロを想像するとシュールだわ。

しかし脇の話まで感情を掘り下げて描写していたら、さらに長くなってしまうのでこれで良いのでしょう。何だかんだで分厚い450ページ一気読み。あら、殺人事件については何も書いてないわ。そっちも私はすっかり騙されたし、綱渡りですが無理という感じでもなく。しかしやはりこの話の引き込まれる点は女性たちの心理模様。ジャクリーンにはなんとか途中で踏みとどまって幸せになって欲しかった。もちろんサイモンと別れて。でも冒頭にもかきましたが、ジャクリーンへのめり込み度は減ったのでやっぱり好きな作品№1ではなくなったかな。今は『杉の柩』や、ミス・マープルの『鏡は横にひびわれて』の方が好きかも。好きな話ランキングは割とクルクル変わります。


関連記事

 ,