旅行鞄にクリスティ

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【本】『ひらいたトランプ』(アガサ・クリスティ/ポアロ) ―なんで犯人当たらないんだ…!

『ひらいたトランプ』☆☆☆☆★

クリスティ作品にはしばしば晩餐の後にブリッジが登場し、その度に紳士淑女の嗜み的な感じで憧れるものですが、この話を読んだ時ほどブリッジを覚えておけばよかったと思う作品はないですね!ブリッジのルールが理解できれば、この面白い話がもっと面白くなるはず、と読むたびに思います。そしてあとがきに書かれた長ったらしいブリッジの解説をチラ見して速攻で諦めます。ここまで毎回お約束通り。
とりあえずあらすじ―

怪奇で俗悪な趣味を持つことで人々に恐れられているシャイタナ氏は、ポアロを犯罪の一級の蒐集品、つまり人を殺し逃げおおせた犯罪者達を集めたパーティに招待する。招待客は8名、4名は捜査関係者、そして4名は殺人者か…?

パーティーは和やかに進むも、晩餐の会話の中でシャイタナ氏がいくつかの犯罪について仄めかし、場に奇妙な沈黙が訪れる。そして夕食後に行われたブリッジの最中に、シャイタナ氏が客間で刺殺されているのが発見される。


⇒ドラマ版の感想はこちら:【ドラマ】名探偵ポワロ『ひらいたトランプ』―ストッキングのシーンのみを楽しみに見る
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以下ネタばれあり

シャンティイ


クリスティ作品は、動機的には一番それっぽい人でありながらも、役割的に ”お前だったのか!” 的な盲点な人が犯人である作品も多い気足しますが、この作品は序文で初めから容疑者が4人、その中の誰かが犯人と示唆されています。容疑者は快活で自信過剰な医者、賢く冷静な老婦人、美人で内気な若い娘、逞しい探検家の少佐の4名。これだけ見た時に、クリスティを読みなれた人ならまず疑うのが医者、そして犯人もやっぱり医者。容疑者も限られているし犯人像もいつも通りだしということで、序文にちらっと友情出演したヘイスティングズの言う通り、「非常に単調」な話と言えなくもないかもしれません。そして私はというともちろん初読時は犯人を当てられず、その場の流れでこいつかもこいつかもといろんな人に引きずり回され、最後にそうだったのか~!とびっくりし、つまりは非常に堪能しました。単調?なにそれ?まずね、容疑者が4人と言われても、4人以外が犯人だったりして…?といちおう手当たり次第に疑うのが私の様な推理の苦手な者の常であります。

そしてどうやら本当に4人のうちの誰からしいとなった後も、4人なら頑張れば当たるはず…と気合い入れて読んでもやっぱり当たらないのがすごい。これだけ範囲が限定されているのに、なぜだ! なんとびっくりロリマー夫人が犯人だった、と見せかけての、真犯人アン・メレディスをかばっての狂言だった…そして追い詰められたアンが最後に再び事故に見せかけた殺人を犯したものの今度ばかりは運に見放されて自滅、そしてクリスティお決まりの犯罪が結ぶロマンスね、これにて一件落着…と見せかけての真犯人は医者かよ!のラストまで、完全に作者の手のひらで転がされています。そもそも私の頭が鈍い、というのはおいておいて、こういう容疑者の少ない作品を書いてここまで最後まで盛り上がる話を書けるのがすごいよね~。

そして話の筋もですが、登場人物がちょい役に至るまでいい味出しています。4人の容疑者は、割と皆クリスティ作品によく出てくる感じの人物ですが、それだけ描くのが得意な人物像なんでしょう、いかにもこういう人いそうな生き生きした描かれ方。そして対する4人の捜査陣が豪華です。ポアロ物以外で登場していたバトル警視、レイス大佐がポアロシリーズに参戦。この2人、『ナイルに死す』の感想時にも書いたようによくごっちゃになってしまうのですが、レイス大佐は『茶色の服の男』『ひらいたトランプ』『ナイルに死す』『忘られぬ死』に登場する陸軍の諜報部員。バトル警視は木彫りみたいな(どんな?)無表情警視の方で娘さんのいる良きパパ、『チムニーズ館の秘密』 『七つの時計』 『ひらいたトランプ』 『殺人は容易だ』 『ゼロ時間へ』に登場。そして今作は、その後の作品でちょくちょく出てくるオリヴァ夫人の記念すべき初登場作品。

ちょい役の人たちも、ポアロに最上級のストッキングを出すよう言われて”まぁ変態じじい…!”と思っている若い店員さんとか、デスパード少佐が自分に気があると勘違いした恐るべきラクスモア夫人とか、読んでいてついつい笑ってしまう描写が良いです。自分の都合のいいように勘違いし本気でデスパード少佐と恋仲だと思い込み、”年の離れた男と結婚してしまった若い妻と、夫の雇った逞しい男性。熱帯の熱いジャングルで、秘めた情熱、そして起こる悲劇…!!”的な話を身もだえながら語り終えて沈黙が流れた後、パタパタと鼻におしろいを叩く姿に、”これで回想の世界は終わったに違いない”と地の文で冷静な解説が入るところとかすごい好きですw しかしそういえば学生時代にこれの男性版みたいな人がバイト先の社員さんにいて、女性バイト陣に恐れられていたわ。実際にいると笑えない。本の中から出てこないでいただきたい人物ですな。怖い怖い。

怖いといえば、アンを罠にかけるストッキングのシーンは、犯罪云々おいておていてそのシチュエーションの素敵さにうっとり。37シリング6ペンス(いくらだ?)の、薄霧にもまがうフランス製の最上級のストッキング、毛皮のついた手袋、その他クリスマスのプレゼントの山。アンじゃなくてもクラッと来そう。絹のストッキングなんてはいたことないよ!そんなもの電線が怖くてとても履けないわ、とつい思ってしまうのは庶民の証か。こう思う人はお呼びでないお品物なんでしょうな。しかしこんなものをファッションに目がない年代の貧乏な子の前に、しかも他人へのプレゼントとして広げるのはちょっとかわいそうな気もします。おそるべき罠だわ。かと言って盗んでいいものでもなく、しかもアンは結構僻みっぽくて自己中で根暗な人殺しなので同情心もさほど起きないのですが。「こっちは夕方の薄暗い時間帯、こっちは夏の明るい夕方」と、時間・TPOに合わせて映える明るさまで計算して選んでいるのが素敵。アンは美人だしこういうのが似合いそうですね。結局盗んだストッキングは履けずに死んでしまったんでしょうか。

その他にも、ロリマー夫人に自白されたポアロが、「私はいつも間違いません。きまって私の方が正しい結果になるので、自分ながら驚いています。ところが、いまは逆にみえます、いかにも私が間違っているというふうにみえます。これではポアロも少し取り乱さざるをえません。」とか微笑ましい戯言をいうシーン等いろいろ好きな場面はたくさんあり、とても面白い作品です。☆5つ付けなかったのは、きっとブリッジが分かればもっと面白かったのでは…!と期待してしまうから。と言いつつもブリッジ知らなくてもとても楽しめます。ブリッジの得点表からどんなふうにゲームが進行したのかを想像し、その中で犯罪を行うには周りが目に入らないほど白熱したゲームが行われた時、それを主導したのは誰だ…!?という推理の仕方には、思わず唸ってしまう。物的証拠はないのだけど、それも気にならないぐらいこれには納得してしまうわ。5人の着飾った男女のいる閉じられた室内、グランドスラムを掛けた白熱したゲーム、そしてそのゲームに掛けられていたのは殺人の成功、想像するだけでワクワクする展開。そしてどんなふうにゲームが進んだのかわかったらもっと手に汗握る想像ができるだろう、ほんとブリッジが理解できたらな~と思う。そしてまた冒頭に戻るわけです。ここまでお約束通り。


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