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【本】『満潮に乗って』(アガサ・クリスティ/ポアロ) ―ローリーが好みじゃない

『満潮に乗って』☆☆★★★

これはあんまり読み返さない話の一つ。あんまりに読み返さないのでどこが気にくわないのかも忘れてしまっていましたが、久しぶりに読んでみて、そうだ最後主人公の選んだ男が気にくわなかったんだわ。

戦争といういものは人から思考を奪いを機械的に服従させ個を無くしていく恐ろしいものだ、という話だったらその辺によく転がってる話の一つという感じですが、戦争に行く前とあとではすっかり人が変わってしまった…ように見せて別に変わってなかったよ、変わったように見えても戦争前からあった資質が表に出てきただけ、人はそんなことで変われないよ、というポアロ(クリスティ)の持論が面白いと思う。

まずはあらすじ―

戦争が終わり、婦人従軍部隊の一員として戦地に赴いていたリンは、2年半ぶりに故郷に帰る。そこで戦争前から婚約していた従兄のローリー・クロードと結婚することになっていたが、しかしリンたちクロード一族には、財産上の問題が持ち上がっていた。リンの叔父であり独身だった大富豪ゴードン・クロードが、若い未亡人と結婚した後、遺言を書く間もなく空襲で命を落としていたのだ。莫大な財産は全て妻のロザリーンの元へ。これまでゴードンは一族に惜しみなく援助し金銭の心配をしないようはかってきたため、ゴードンの庇護のもとに将来の心配をせず暮らしていたクロード家の者は窮地に立つ。


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以下ネタばれあり ※『黄色いアイリス』に収録の「ほの暗い鏡の中に」のネタバレも有り

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この話、よく考えると面白い点がたくさんある。殺人と思って少しも疑わなかった、この話のメインの殺人と思われた死が事故死で、自殺に見えたのが殺人だった、という点と、あれだけ遺産をめぐるドロドロの劇をやっていながら、殺人の直接の動機には金銭が全く絡んでいなかった(どころか殺すことで莫大な財産を失うはめになる)ところとか。前提として読んでいた設定がことごとくひっくり返る驚きがあります。もうね、長々と展開してきた話の最初の300ページは前書き、300ページ過ぎてやっと起こった最後のロザリーンの死の犯人を推理せよ!という話だったとはほんとびっくり。これだけだったら、目から鱗がボロボロ落ちてスカッと爽快に騙された話として記憶に残っただろうに。でもラストのリンの選択にあまりにびっくりして、全部そっちに持ってかれたわ。

長々と読んできた中で、ローリーに関しては外の広い世界に出て自分より視野の広くなった婚約者にネチネチ嫉妬する器の小ささと頭の鈍さばかりがひたすら鼻につくので、デイヴィッドがいい男かどうかはさておきリンの婚約破棄は妥当だろうという流れになったところに最後のダメ押しをするように、別れ話をしたら首しめて殺そうとしてくるという病みっぷりを見せつけてくれます。明らかに地雷男、ポアロが止めてくれてよかったね、リン、もうこれは全力で逃げるしかないね…

リン「(意訳)あなたは私にはおとなしすぎる、臆病すぎると思っていた。あなたとの生活は安全すぎて、息がつまるほど退屈だって気がしてた。あなたに殺されると思ったとき、はじめて自分が大バカだって思った。あなたを愛しててよ、ローリー」

( д) ゚ ゚

え、そういうプレイ?みたいな。どんなマゾだよ。とんだ破廉恥プレイを読まされたもんだわ。この二人あっという間に離婚しそう、と思ったのは私だけではないはず。しかし人の性癖について外野があれこれ言うことではないので、二人が満足ならいいんでしょうかね。危険な男性に惹かれる、というのはわかる気もしますが、しかしローリーはないだろうローリーは…。ローリーよりはデイヴィッドの方がまだ納得がいくような、人殺しだけど。でもローリーも人殺してるし。

ローリーの処遇についても納得がいきません。殺す気がなかったとはいえ過失致死。なんの償いもしなくていいのか。しかももう一人自殺に追いやってるし。まぁ一応話の中でも、過失致死は罪にはならないと言っているのではなく罪は罪、というスタンスで、ポアロは一応アーデンの死の真犯人はローリーと警察に知らせたけれど警察は取り合わなかったし、それ以上はポアロは口をつぐんでいる、良い人ね、的な流れ。なにそれ~。過失致死で人殺すわ、おまけに嫉妬で首絞めてくるわ、そんな人と結婚したらヤバいって!いくら恋のキューピットポアロさんでも、こんなの縁結んでたらダメだって!

しかしそういえば、クリスティの推理物ではない短編小説「ほの暗い鏡の中に」(『黄色いアイリス』に収録)でも似たような話がありました。他の男と出て行こうとする(と勝手に勘違いして思っている)奥さんの首を絞めて殺そうとした瞬間に、鏡に映った自分の恐ろしい姿がいつか見た幻だったのに気づき、つきものが落ちたように醜い嫉妬の感情が消える話。結局男と逃げるというのは勘違いで、めでたしめでたし的なオチなのですが。なんでしょうね、すれ違った男女の仲直りには命をはったちょっと危ないプレイが一番、あるいは、とりあえず首を絞めると嫉妬という醜い感情が消える、的なのがクリスティの持論なんでしょうかね。

なんかもう、なんでローリーなんて魅力のない男選ぶんだ、というモヤモヤと、ローリーがなんの償いもせず幸せになっているのにイラッとするラストで読み終わった後の気分はいまいち。途中の事件も推理も何も吹っ飛んだわ。つまり一言で言うと、ローリーが私の好みじゃない、そんな感想w


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