旅行鞄にクリスティ

海外旅行とアガサ・クリスティのブログ 最近はマイリトルボックスレビュー・コスメ・ファッションに侵食されぎみ


【本】『死との約束 』 (アガサ・クリスティ/ポアロ) ―制限時間24時間で事件を解決せよ


『死との約束 』☆☆☆★★

この話はたしか面白かったようなつまらなかったような、そんな感想のみ覚えていてあまり読み返しせず内容はうろ覚え、犯人わかってるようないないような。…という感想をここしばらくの作品で書き続けているような気がしますが、第10シリーズまでに面白い長編はほとんどドラマ化しちゃったので、こっから先はこんな感じのばっかで、そんな何十回も読み返したような原作の話はあまりないよ。

しかしそうはいってもさすがクリスティ、描かれる人間関係には引き込まれます。家族を、矜持も意志も叩き折って逃げ出せないようにいたぶり支配する母親の描写が怖いですね。でっぷり太って心臓病で死にかけている母親、どう考えても体力的に子供たちがかなわないはずがないのに、逃げようと考えることすらできない。はたから見るとどうして、と思わずにはいられない異様なこのマインドコントロールっぷりがさらに強烈になったのが、何年か前の尼崎事件みたいなやつなんだろうか…と読んでいてうすら寒い気分になります。

とりあえずあらすじ―

明日を、もっと、ハッピーに!『ショップジャパン』

エルサレムを訪れた夜、ポワロの耳に囁きが届く「いいかい、彼女を殺してしまわなきゃいけないんだよ…。」 そう囁いたレイモンドの一家は、かつて刑務所で女看守として働いていた継母ボイントン夫人によって長い間恐怖で支配されており、一番下の妹には精神異常の兆候が見えだしていた。一家の異常を感じ取りレイモンドを助けようとした医学士サラーの努力もむなしく、実を結ばないままそれぞれに旅立つが、荒々しい大地の広がるペトラへの地で期せずして 再会、そこでボイントン夫人が変死を遂げる。


⇒ドラマ版感想はこちら:【ドラマ】名探偵ポワロ『死との約束』 ―ポワロ物じゃなくてもいいんじゃない…?
アガサ・クリスティ 作品・感想一覧はこちら

以下、若干のネタバレあり

グランドキャニオン 夕日


しかしこの小説では支配者が女性なのですごく特異な家族に見えましたが、よく考えるとこれの男性バージョンは俗に言うモラハラやDV系の夫で日本には多いような。ボイントン夫人の、新たな獲物を求めて外に出たものの外に出ると自分の権力はちっぽけな家庭内でしか通じない、みみっちい小物であることが露呈してしまったというところもさもありなん。そしてそれなのに被害者は抜け出せないと思わされてしまうこのギャップが、恐ろしくまた周りが助けがたいところでもあります。諦め、反抗、空想、それぞれの方法で、ただ生き延びる子どもたち。

ボイントン夫人が暴力ではなく精神的に、しかもゆっくりと最小限の言葉と動きで子どもたちを締め付けていくのが怖いですね。視線だけでレイモンドをサラ―から引き離すところや、サラーと話すために勇気を出してこっそりと外出したキャロルが、かすかな希望を持ち帰って来た部屋に待ち構えているボイントン夫人とか。ほんの少し外の世界を見せた後に叩きのめす。読んでいて、来るぞ来るぞとわかっていても嫌な気分になります。そして極めつけは、サラーがペトラへの旅に向かい、長く暑い砂漠を横切って、生肉のように生々しく真っ赤な恐怖の死の谷を下り、夜の闇の中混乱する頭でやっとたどり着いた崖のキャンプ場の洞窟の中に、灯に照らされる邪悪な仏像が…!と思ったらボイントン夫人だったとか、もう恐れおののけばいいのか笑えばいいのかわかんないよね。ババーン!と効果音をいれたくなるような光景。洞窟の中にジトッとした目で鏡モチのように座っているでっぷり太ったボイントン夫人が容易に目に浮かぶから困ってしまう。

こんな言い方してはいけないとは思うのですが、クリスティの作品の中で、もしかしたら一番殺されてせいせいしたと言いたくなるような被害者かもしれません。家族皆があんな奴死んでくれと思っていたので、お互いがやったもんだと勘違いしてかばい合うから、嘘だらけでもう読んでてわけわからんw でもポアロによる解説を読むと、なるほど、と糸がスッとほどける快感(となんだ犯人お前か!的な驚き)があり。被害者が死んでも、作品中誰一人悲しんでいる人はいません。しかし被害者がどんな人物であれ、殺人を許さないのがポアロさん。そして被害者がどんな人物かということを元に犯人像を推理するのがポアロさん。関係者をあまり長く拘留はできず制限時間は24時間、あたりには何の近代的専門施設もない、しかし真相を知るにはとにかく会話、会話、それさえあればことたりるということで、ここの話ではポアロお得意の被害者の人物像、そして関係者達の嘘の混じった会話といった心理状態から真実を導き出す方法が堪能できます。

しかしそれゆえ物的証拠なしの、心理面からみた推理のみ、ゆえに法廷で裁くには弱く。そこを勧善懲悪で決着をつけさせようとすると、やはりまたしても犯人に自殺させるしかないのか…とラストはどうしてもご都合主義に感じてしまう。そこがなんとなく残念です。そして主要登場人物がほぼ全員カップリングされるという、これまたご都合主義。閉じられた家族の恐怖や外に出たボイントン夫人の心理的危機、真犯人の意外性など読み応えのある題材だっただけに、無理に決着つけようとしないで、ポアロ物の推理小説じゃなくて『春にして君を離れ』みたいなサスペンスにしたらもうちょっと納得いくラストだったかもと思ったり。




フェリシモ「コレクション」 ZUTTO
関連記事

 ,