旅行鞄にクリスティ

日々のあれこれを忘れ、手の届く贅沢で自分を甘やかし明日への活力を養うブログです。バッグにアガサ・クリスティを詰めて行く海外旅行が最大のご褒美。


【本】ミス・マープル『復讐の女神』―ピンクの毛糸を巻いた老嬢による正義の裁き、再び(アガサ・クリスティ著)



『復讐の女神』☆☆☆★★

ミス・マープルを年代順に再読しよう月間期間もいよいよ佳境に入ってまいりました。ミス・マープル物として書かれた最終作、『復讐の女神』です。まだ1976年に出版された『スリーピング・マーダー』も残っていますが、これは執筆自体は1943年なので、最後に執筆されたのは、こちら『復讐の女神』(1971年)になる。作品感想内でいつもクリスティ作品における古いイギリスの雰囲気が好きとかなんとか言っていますが、ここらへんになるともう舞台はほぼ現代ですね。出てくるお屋敷も、もうそんな時代ではないのでしょう、主人とその家族や使用人で溢れていたのは今は昔、手入れの行き届かない荒れ果てたさびしい雰囲気になっています。50年代ぐらいを境に、クリスティ作品でお馴染みの舞台の豪華なお屋敷達も、だんだんと寂れた感じになっていく。


フェリシモ「コレクション」

とりあえずあらすじ―

ミス・マープルの元に故ラフィール氏の弁護士事務所から手紙が届く。ラフィール氏はかつて共にカリブ海で殺人を防いだ協力者であり、1週間前に新聞に訃報が掲載されていた。事務所に出向いたミス・マープルに、ラフィール氏からの手紙が渡される。その手紙には、正義のためにとある仕事を引き受けてほしい、とあった。具体的な説明は何もなく、合言葉は”ネメシス”である、と―。

依頼を引き受けた数日後、ラフィール氏が生前に手配した英国邸宅・庭園巡りのツアーの招待状が送られてくる。何が起こるか、何をすればよいかも分からないまま、ミス・マープルは旅に出発する。

この話は、前々作『カリブ海の秘密』の続編です。続編があるのは珍しい。そしてあとがきによると本当は3部作の予定だったが、クリスティ死亡により今作までで終わってしまったとか(ただしこれについては諸説あるようです)。引き続き登場(というか亡くなっていますが)のラフィール氏、頑固で意地悪で切れ者でタダものではない老人でしたが、今作では残念ながら亡くなってしまっています。手紙のみの登場ではありますが、その手紙でも媚びない渋い孤高の老人像が垣間見れる。ちなみにブログ下部に引用したアモス書の句は、ラフィール氏の手紙の最後に書かれたものです。

 ⇒『カリブ海の秘密』原作感想はこちら

ミス・マープルは、バスにのってツアー旅行なんかに行っちゃってます。とっても現代的。「大英帝国の著名邸宅と庭園」ツアー、旅好きとしては事件等を抜きにして行ってみたいですね。クリスティ作品のドラマに出てくるようなお屋敷が満載なんだろうな。なにより見る目のあるラフィール氏の手配したツアーというだけで、すごく行きたくなります。



しかしこの話、依頼内容は何なのか、何が起こるのか、過去のことなのかこれからのことなのか、何もわからないまま事件を探っていきます。発想としては面白いと思うのですが、出会う人・物手当たりしだい疑って堂々巡りの記述が多く、読んでいて前半は正直ちょっと飽きてしまった。

そうそう、この話は珍しくほとんどミス・マープル視点で書かれています。探偵視点で描かれるので、マープルさんは普段こうやって推理をしているのか、というのがわかる。もちろん重要なところはぼかしてありますが。硬い感じの文がいかにも頭の切れるしっかりした老人という印象で、マープル像を考える上で貴重な作品。貴重ではあるものの、延々と、こいつか?こいつが怪しいか?いやわからん、をやられるとやっぱりちょっと読みづらい。 後半、ようやく何を調べるのか分かりだしてくるとともに、だんだんと面白くなり、ページも進むように。何もわからないまま謎解きの旅に放りだされるという設定は面白いと思ったので、ちょっともったいない作品でした。

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マープル視点で書かれているせいだけでもないと思いますが、今作は犯人も動機も分かりやすいです。あまり犯人を隠す気がないのか…?と思うぐらい。普段推理なんか全くしない私でも、すぐに分かってしまいました。クリスティの後期の作品は人間ドラマに主題をおいた暗い感じのものが多いですが、この作品はそれが結構際立っているような。推理部分は放棄されてる感あり。推理小説というより、サスペンス?ちょっとそこらへんの区別がよくわからんけど。クリスティ作品後期の人間の影の部分を扱った、黄昏感漂う作風も好きなので、私はそこそこ楽しめましたが、推理メインの人にはちょっとこの作品はお勧めできない。ミス・マープルが作中で「ここには悪の雰囲気がある」と言っていましたが、作品としても全編に渡って陰鬱なトーンです。



以下ネタばれあり

シャンティイ

「少女を愛し厳格に育てていた保護者が、子供から女性となって自分から巣立っていこうとする少女を愛ゆえに殺す」というモチーフは、クリスティの他の作品でも何度かでてきているので、正直、またか、と思わなくもない。他の作品では異性間の愛で、この作品では同性の子供に対する保護者的・依存的な愛情で違いはあるけれども…。作中で早々に愛ゆえの殺人、と示唆されていて、異性間の愛情のもつれで死んだとミスリードさせるつもりだったんだろうけれども、やはり読みながら”あれ、これなんか他の作品と似てるな、読んだことあるな”というのがちらついてしまい、目新しさや驚きはありません。でも作品全体的に渡ってうっすらと人間の情念のようなものが流れているような不気味な雰囲気があり、他の作品よりも犯人の心情が外側から掘り下げて描かれていて引き込まれる部分もあり。なんとも評価に困る作品です。


ラスト、事件を解決して約束の巨額の報酬を得たミス・マープルは、「このお金でひとつおもしろいことがしたい」と言っていました。もし後書きにあった3部作の最後の3作目が書かれていたら、このお金の使い道が分かったんでしょうかね。どんなことに使ったのか、どんな楽しいことを考えていたのか、この続きが永遠に読めないのが残念です。

正義を洪水のように 恵みの業を大河のように 尽きることなく流れさせよ(アモス書)


 
 
       
 
         
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