旅行鞄にクリスティ

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【本】バトル警視もの『ゼロ時間へ』―クリスティ作品の中では個人的に嫌いな犯人


『ゼロ時間へ』☆☆☆☆★
NHKの今夜のミス・マープルの再放送に向けて、『ゼロ時間へ』を再読。こちら原作は、ミス・マープル物ではなくバトル警視ものです。ポアロやマープル物ほど読み返したりはしていないので、結構話の筋を忘れていました。

バトル警視はロンドン警視庁所属、木彫りのような無表情の武骨な男性。バトル警視の登場する話は5作のみで少なめ。そのうち 『ひらいたトランプ』ではポアロとお知り合いになっています。そして今作『ゼロ時間へ』でも、ポアロ自体は出てきませんが、バトル警視によるポアロへの言及があり、またそこが証拠を見つける手助けにもなっていたりと、ポアロファンへのサービスもある作品。

今作はバトル警視の5番目の娘、末っ子のシルヴィアも登場。校内で起きた盗難への濡れ衣をかけられた彼女の無罪を見抜き、よきお父さんぶりを発揮しています。その他の登場人物や舞台は、なんとなく『杉の棺』と『青列車の秘密』を足して2で割ったような感じ。避暑地を舞台にした、鈍感で自分勝手で素直な男と、自制心の強く地味な女、取り巻きをつれた派手な女のドロドロの関係、もちろん登場人物はお金持ち。その周囲の人物も含めて、クリスティでよくある設定ですね。そして私はこういうのが非常に好きですw

 ⇒マクイーワン版『ゼロ時間へ』視聴感想はこちら
 ⇒アガサ・クリスティ 作品・感想一覧はこちら

殺人というものは終局である。物語はずっと以前から始まっており、千差万別の人間、あらゆるものが事件へとまきこまれ、ある一点へと集中していき、その「時」がやってくると―爆発する。ゼロ時間。部屋の中で、一人の人間がたった一つの目的を胸に、紙にペンを走らせている。とある人間をこの世から抹殺する、いかなる可能性、いかなる偶然性も計算に入れた綿密な殺人計画。最後に日付を書きいれる。9月のある日を。

スポーツマンのネヴィルとその妻、そして元妻は、富豪の親戚トレシリアン夫人邸に共に滞在する計画を立てる。9月の休暇を過ごしに集まった親戚・知人、そして召使いたち、そこに集った人々は何かが起こりそうな、だたならぬ雰囲気を感じとっていた。



以下ネタばれあり

ハワイ島


犯人による綿密に計画された「ゼロ時間」が、「トレシリアン夫人の殺害」ではなく、「オードリーの絞首刑」だったとは!濡れ衣が関係する犯行というのは冒頭のシルヴィアの話でわかるのですが、あくまでトレシリアン夫人の殺害がメインで、自分が疑われないように単に誰かに罪をかぶせるんだと思っていたので、濡れ衣かけて絞首刑にさせるのがメインだったとは驚きでした。改めて読み直すと、冒頭のトリーブス氏によるゼロ時間の説明で、殺人事件の法廷がゼロ時間というのはすでに示唆されていたのですが、いつもどおりさらっと読み流していました。

最初は、「ゼロ時間」とか新しい語句のように言っているけど、それまでの人間関係やら金銭問題やらの背景がからんで犯罪へと至る、という一般的なことをこねくり回して言っているだけじゃないの?トレシリアン夫人の殺害≒ゼロ時間で、その背景を調べてなんでこの事件が起こってしまったかを探る、結局いつもの話と同じじゃん、と思って読んでいたのですが、起こった事件を調べるのではなく、まさにゼロ時間へと集結していく過程を追う話だった。そして成就しかけゼロ時間が目前にせまったその時に、バトル警視とマクハーターによって犯行は阻止された。まぁ過程でトレシリアン夫人は死んじゃったけど。


オードリーの自殺未遂のあたりから、犯人はネヴィルというのはなんとなくわかってくるわけですが、どうしても動機が分からない。実は捨てたのはネヴィルではなくオードリーだった、というのを読んで”そんな!後出し!”と思ったのですが、後から読めばオードリーがネヴィルを好きな様子もないし、ネヴィルの心変わりによる離婚という話も、登場人物の口からしか言われてなかった。三角関係と思われた関係は、実はケイ→ネヴィルしかなかった。人の話を簡単に信じるな、とマープルさんにも何回も言われたのに、まったく身に付きません。

再読のはずなのにコロッと騙されましたね。今作も面白い。この騙しだけでなく、登場人物達の内面の描かれ方も読んでいて引き込まれました。クリスティ作品では、冒頭に殺人が起こる話もありますが、登場人物達の心情や背景を丹念に描き事件が起こるまで時間がかかるの作品も多く、私はそれらのなんか怨念漂ってそうな暗~い話も結構好きです。今作もご多分にもれず。しかし犯人の性格のせいか、クリスティお決まりの拍子抜けするようなラブロマンスで〆なのに、なんか読後感が悪いです。

ネヴィルは今でいうモラハラ男、古今東西こういう夫は存在したようで。プライドが高く、自分の非や失敗を受け入れられない。失敗の可能性は避けて通り、万が一失敗でもしようものなら、相手のせいにし執拗に責め、自分に恥をかかせた人間を絶対に許さない。有能ゆえに口達者で自己正当化が上手く、相手に自分が狂っていると悟らせず相手自身が悪いんだと洗脳し支配下におく。万が一相手が異常性に気づいても、外面は完璧だから、相手は孤立。こんなのに捕まったら人生終了ですね。オードリーはよく逃げた!そして逃げられたと思ったらまた捕まった。怖い、怖すぎる…。

中盤、というかかなり終わりまで、オードリーは何考えているんだかわからず、読んでいてちょっと苦手なタイプだったのですが、捉えられて怯えて動けなくなった動物状態だったのがわかると、あ~なるほど!と思えた。すっかり『杉の棺』系の、愛する夫をとられた分別ある元妻を演じているもの、として読んでいたので、なんかこいつずうずうしいと思っていたのですがw自制心や外面を気にしてではなく、恐怖によって感情が麻痺したような感じだったんだな。



ネヴィルのテニスの試合が印象的。白い歯きらめかせてそうななんでも器用にこなし全てにおいて優秀な男、恥をかくことに慣れていない。少しでも勝つ可能性にかけて全力でがむしゃらになって無様な姿で本気で負けるぐらいなら、スポーツマンシップにのっとった美しい負けを選ぶ。試合には負けても、自分に対する周りの評価、そして自分自身への評価は傷つかない。歪んだ異常な自己愛のかたまり。話の最後に公衆の面前で犯行がばらされ、本性を晒し幼稚な姿で泣いていた姿は、ザマァというより、うぇ~気持ち悪、という感じ。アガサ・クリスティ作品の犯人は、人として良い悪いはさておき惹きつけられる魅力のある人物の場合も結構ありますが、こいつは一番ではないもののかなり嫌いな犯人。


by カエレバ
 
       
 
         
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