旅行鞄にクリスティ

日々のあれこれを忘れ、手の届く贅沢で自分を甘やかし明日への活力を養うブログです。バッグにアガサ・クリスティを詰めて行く海外旅行が最大のご褒美。


【本】ビーチリゾートに持っていくミステリー ―『白昼の悪魔』(アガサ・クリスティ)



白昼の悪魔 ☆☆☆☆★

クリスティ読書感想2冊目、今度は『白昼の悪魔 』です。クリスティの数ある旅行物のなかでもビーチリゾートを舞台にした長編は2つあり、『カリブ海の秘密』はミス・マープル物、『白昼の悪魔』は名探偵ポアロ物になる。『カリブ海の秘密』の感想時にも言ったけれど、『カリブ海の秘密』はカリブを舞台にしているし結構後期の方の作品なので、古い時代のイギリス感がなくなってしまっているため『白昼の悪魔 』の方が好きです。今年コタキナバルの離島のビーチにいった時に、浜辺に寝そべりながらこの本を読んでいました。まさにポアロが「男でもない、女でもない。どこにも人間らしさはない。あれはただの――肉体ですな。」のセリフを言い放った状態。恥じらいもなく肌を野ざらしに寝そべる、まるで肉屋にデーンと並べられた肉、あるいは死体置き場の死体。この場合殺されるのは私なのか?とか、朝起きてからその日の予定を考え、テニスに海にハイキングに好きにでかける贅沢な時間の過ごし方をするリゾート旅のスタイルとか、臨場感たっぷりに味わうことができます。是非とも海外旅行に持って行きたい本です。



ポアロ初登場は1920年、最後に執筆された作品が(『カーテン』を除く)1972年、『白昼の悪魔 』は1941年なので中期の作品です。クリスティの黄金時代は30年代40年代当たりといわれます。この作品が黄金期の傑作か?といわれればノーですが、雰囲気もばっちりで個人的には割りと好きな作品です、万人には薦めませんが。私はロクに推理せず、書かれたことをふーんと読むタイプなのですが、それでもいまいち腑に落ちないような落ちるような、そんな感じの推理小説です。

物語の舞台はポアロが休暇で泊まっている、イギリスレザーコム湾のスマグラーズ島に建てられたジョリー・ロジャーホテル。ビーチで日光浴中の会話で「こんな平和でロマンチックなリゾートに、犯罪が起こるわけがない」という客に対し、「日の下のいたるところに悪事あり、白昼にも悪魔はいるものです」と返すポアロ。そこにゴージャスな赤毛の美女、ケネス・マーシャルの2度目の妻である元舞台女優のアリーナ・スチュワートが現れ浜辺の視線をさらい、ついでに新婚夫婦の旦那もさらっていく。走り去る新妻、その様子に顔すら上げなかったケネス・マーシャル、継母の嫌いな娘リンダ。ある朝愛人に会いに行ったアリーナが扼殺される。満潮には陸から孤立するこのホテル、容疑者は宿泊客のうちの誰か。


この話、魅力的な人が2人出てくる。まずは殺されるアリーナ・スチュワート。美人でゴージャスで、自分の魅力の出し方をわかっている魅惑的な女性。人としてはお近づきにはなりたくないですが、離れたところから姿を見ている分には素敵です。もう一人の魅力的な女性、ドレスデザイナーのロザモンドからも、「好きではないけれどアリーナのドレスを担当したい、着こなしも満点」と認められている。アリーナは馬鹿かもしれませんが、嫌われることを意に介さず欲望に忠実な姿勢は一種の尊敬を覚えます。それに美しいというのはそれだけで価値がある。

作中に、アリーナの帽子で ”翡翠色の厚紙でできた中国風の笠” というのがでてきます。文脈的には素敵な帽子として出てくるんだけど、え…?笠…?厚紙…?!みたいな。私は早川の旧版ので読んでいるのですが、これは訳が変なのかな?それとも原語でも本当にそう書いていあるんだろうか。新版の訳も気になるところ。ベトナムでかぶっているような円錐形の笠のことだろうか…。でもそれってビーチでかぶってもあんま素敵じゃないよな、いやアリーナなら着こなせるのか?!ダンボール笠が?といろいろ困惑するところでもあります。

ロザモンドはクリスティ作品でよく出てくる、頭はいいけど恋は不器用な女性。視点がクールで、ちょっと皮肉屋でもある。ドレスのデザインをし実業家としても成功しているキャリアウーマン。この話はロザモンドの服装評や、アリーナの部屋の荷物等が、話の内容とは別にとても興味深い。


そう言えばアリーナ(だけじゃないけど)はホテルの部屋の箪笥に、服や持ち物を家みたいに入れて使っているけれど、私は旅行時は荷物をあまりスーツケースから出さず部屋に置きません。化粧品(ポーチに入れてあまり広げないで置いておく)と、本と、しわになる一部の服をハンガーにかけるぐらい。ヨーロッパの人みたいに長期滞在じゃなく、1週間程度のあわただしい滞在だし、荷物をいろんな棚にしまうと最後の忘れ物チェックが面倒だし絶対忘れ物しそうだし、荷物を出すと綺麗にディスプレイするのは苦手で部屋が汚くなるし(そのかわりスーツケースの中は結構ぐちゃぐちゃw)、ということで、使ったそばからスーツケースにしまっていく。ゆったりと暮らすような旅というのは憧れるけど、なかなかできそうもないな。

横道にそれましたが、話の筋に関して。以下ネタバレです。

アガサ・クリスティ作品感想一覧はこちら

この本、上のアリーナの帽子とかホテルの様子とかどうでもいい話は覚えているのですが、何回読んでも犯行動機を忘れてしまう。それで、読んで、”あ、あぁそうなの…?”みたいな。まあ犯人にとっては殺したほうがいいといえばいいの、か、な…?みたいな。あまり納得できないけれど、変!と思うほどのインパクトもないので、しばらくすると忘れちゃう。アリーナおバカだから、手紙で出てきた中国に行った男みたいに、殺したりしないで適当にだまして行方をくらましてしまえばよかったのに。

そして犯行が結構運頼み。たまたまうまくいったから結果オーライだけれど、別人が死体役を演じるというのは、「警察がくるまで触っちゃいけない」の言葉にエミリーが従って死体に触ろうとしなかったからいいものの、かなり賭けになるのではないかと。私だったら、見た目に死んでるとはわからない状態だから、「本当に死んでるのか」とか「心臓マッサージを」とか考えて触ろうとしちゃう。顔を隠してる帽子取っちゃうわ、絶対。そしたらレッドファンに殺されるんだろうな…。

冒頭の文、寝転んでいると誰も彼も個性のないただの肉体に見える、というのがヒントになっていたわけですが、確かに人を見分ける時って、外見で見ているようで、実は場所や歩き方とか服装、喋り方等、複合的に判断していて、会社の人といつもと違う場所・服で会ったりすると全然気付かなかったりする。その反対で、いるべき場所や服等を合わせたら、その人に見間違えるというのも割と納得できる。でも、他に人がいなくアリーナしか見るものがない状態で、しかも死体なわけだから、この状況じゃガン見ですよ、絶対。顔は怖くて見ないかもしれないけど、磨きぬかれた元女優アリーナのゴージャスな体と、単なる体育教師の硬そうな体は結構違いそうだけど…。いや死体と思い込んでるから普段とちょっと違って見えてもおかしく思わないのかな…、どうだろう。犯人は普通こんな可能性にかけたりするか?でもまあこういう一か八かの賭けがポアロの言う「かっこいい」犯罪なのかもしれない。


窓から投げ捨てられた瓶についてもちょっと不満。「その瓶を窓から捨てたのは私です」なんて普通誰も白状しないでしょう…。それを「だれも投げたことを言わないから特別な意味がある(=犯行に関係ある)」というのはちょっとなあ。犯行に関係なく、窓からそんな硬いものを捨てるのは世間一般的に悪いことなんだから、聞かれたって言うわけない。

いろいろ不満点はありますが、犯行の一連の流れはたしかにスリルのある「かっこいい」手馴れたものであります。なかなか読んでいて楽しい本です。クールで人を見る目があるロザモンドが、ポアロにマーシャル大尉との共犯説で犯人扱いされた上に、自身の嘘を見抜かれた時も、感情的にならず「まァなんという緻密な、頭脳的な人かしら!」とポアロに感心していたところが地味ながら結構お気に入りのシーン。

余談ですが、ビーチでの会話で『ナイルに死す』に出てきたコーネリア・ロブスンの話題がちょっと出てきます。

 
       
 
         
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