旅行鞄にクリスティ

日々のあれこれを忘れ、手の届く贅沢で自分を甘やかし明日への活力を養うブログです。バッグにアガサ・クリスティを詰めて行く海外旅行が最大のご褒美。


【本】完璧なるお屋敷ミステリー『葬儀を終えて』(アガサ・クリスティ)



『葬儀を終えて』☆☆☆☆★

ポアロものとしては25番目、クリスティ黄金期といわれる30年代40年代より後の1953年に刊行された話ですが、黄金期っぽさのあるお屋敷物です。いつも海外旅行にはクリスティを持ってい行きますが、今回の国内旅行、青森へ持っていたのがこれ。せっかくだからもっと和風の明治大正時代ミステリーにすればよかったのではとの疑問もありながらも、いややっぱり面白かった。この話を読んだのは何度目になるだろうか。私はクリスティの話はイギリスの昔の中上流階級の暮らしの描写目当てに読んでいるので、お屋敷ミステリーは大好物。クリスティのお屋敷物と旅行物にはずれ無し(いや全くないわけでもないけれど)。もちろん推理小説としても面白いです。

⇒ドラマ版感想はこちら:【ドラマ】名探偵ポワロ『葬儀を終えて』―ワータシハ馬鹿ナオンナー!!!!
アガサ・クリスティ作品感想一覧はこちら

病死した当主リチャードの葬式を終え、ヴィクトリア風の壮大な屋敷、エンダビー・ホールに一堂に会する親類達。弁護士により遺言状が読まれる中、”恐るべき子ども”がそのまま中年になったコーラが言い放つ。「だってリチャードは殺されたんでしょう?」そして翌日コーラは惨殺された。


ゲティセンター古い屋敷に住む当主の急死、忠実な老執事、顧問弁護士に遺言状をめぐる親族の諍い、あるべきものは全て揃った王道のお屋敷ミステリーと言えます。この話としての特徴は、コーラでしょうか。軽度の知的障害と精神異常があり、昔から言わなくていい”真実”をぶちまけてしまう癖がある、大家族に一人はいるような一族の余分な存在で、皆から庇われ庇護されていた一番下の妹。子どもならまだいいですが、そのまま中年のおばさんになってしまったのでさあ大変。題材としても面白いですね。フェア・アンフェア論争もある話のようですが、個人的には小気味良く騙されるのを楽しみたい話です。

クリスティというと昔のお屋敷に住む時代の人々をめぐるミステリーという気がしますが、1953年刊行のこの話の中でも、既にヴィクトリア風のこの大仰なお屋敷は過去の遺物になりつつあり、主亡き後は誰も住もうとする者がいません。この話の後に発表される『死者のあやまち』でも、お屋敷は当世では取り壊されるかユースホステルに改装さる運命にあり、以降クリスティ作品でお屋敷は殆ど出てこなくなります。残念ですね。でもこの話ではまだ現役。錦織やビロードのカーテン、絹張りの壁に孔雀石のテーブル、こういったお屋敷の華やかな調度品を堪能したい方にもお勧め。



この話で印象深いのはロザムンド。コーラ程ではないにしても、お馬鹿で、言わなくていい真実をずばりと言ってしまうところがある。そしてコーラと違って美貌の大根女優。でも、本当は見かけほど馬鹿じゃない。この、元々頭が弱いけれどさらに実物以上に馬鹿なフリをしている女性というのは、『ホロー荘の殺人』に出てくるガーダもそう。ロザムンドはわずらわしいことから逃れたりその場を楽しむためと思われるような、割りと女らしく小ずるい明るい偽装であるのに対し、ガーダはできないことをやらされたり叱咤されたりということから身を守り、現実の責任から逃れるための偽装で、ロザムンドより陰湿で卑屈で悲劇的な匂いがしますが。

 ⇒アガサ・クリスティ作品感想一覧はこちら

以下ネタバレ



ガーダは自分がジョンにどう思われるか自分のことで手一杯で、あまりいい母親ではありませんでしたが、ロザムンドは、自分よりもマイクルよりも子どもを優先するいいお母さんになりそうです。子ども思いの、子どもと一緒になって何でも面白がるような。でも世間からしたらどうかと思われる点もありそうではありますが。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

【L'Ecritoire/France】シーリングスタンプ 用 WAX/フランス...
価格:1188円(税込、送料別) (2016/10/24時点)



ロザムンドと同じぐらい印象的な女性にスーザンがいます。この2組の夫婦の行く末は対照的。ロザムンドが子どもを得て、マイクルがよきパパとなる可能性が描かれたのに対し、強く頭の良くパワフルなスーザンは、愛する夫を失い離婚(というか前から愛されていなかったのが表面にでてきた結果なのですが)。女性が書く話の場合は、何となく恋愛と美にしか興味のないロザムンドのような悪女タイプの家庭が壊れたり、はたまた世の中不公平でこういったずるい女が結局幸せになるのよね、みたいな書かれ方をする場合もあるけれども、この話では一見良き妻に見えるスーザンの家庭が壊れるのが印象的、そして意外と現実的だと思う。

恋愛と美にしか興味のないスーザンタイプはお馬鹿な悪い女と思われがちですけれど、よほどの浮気性でもないかぎり、特に家庭に波乱も起きず大した欠点でもないというか、まあ自慢できる綺麗な妻・母でおわる。対してスーザンのような独善的で悪気のない親切なタイプは、目指す方向が同じならとてもいいパートナーになるけれども、目指す方向が違っていて、かつ相手の気が弱かったりすると、尻にしかれレールを敷かれてすべてスーザンの言いなりの選択権のない人生、しかも一見他の人からはいい選択に見えるからたちが悪い、そういった孤独な人生になってしまう。

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

春にして君を離れ』の主人公しかり、クリスティはこういったタイプには厳しい視線を向けますね。クリスティ作品には恋に不器用で頭がよく行動的な女性は沢山出てきますが、どちらかというと人に押し付けず自分の内に思いを秘めクールを装うタイプは最初は恋に破れるも最終的に幸せに、人を巻き込み感情や行動を押し付けるタイプは最終的に破滅しているような気がするw この辺がクリスティの持論なんでしょうかね。

いろいろ魅力的な人物が出てきますが、一方で全く魅力がないのが被害者コーラと犯人。クリスティの話では犯人は魅力のある人物と言われることが多々ありますが、この話では外見も性格的にも頭脳にも惹かれる点のない、しなびた中年女性として描かれている。でも魅力は全くないですが、個性というパンチは効いています。一度読んだら忘れない。

犯行としては、最初読んだときは無理があるんじゃと思ったけれど、実際自分の体験を思いおこしてみると、そう言えば1度会ったことがある人にしばらくぶりに会った時に”こんな顔だったっけ…いやでも話があってるし、そう言えばこんな顔だったかも…”と思った経験は確かにある。このコーラに会うのは皆うん十年ぶりなんだから、だまされることもあるだろうな、と。一番の難関は、お年寄りで昔のことはよく覚えている忠実な召使のランズコム、ここさえクリアすれば計画続行、ということで。しかし夫人の喫茶室、どんなものが見てみたかった気もする。きっと素敵だろうな。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

デザートプレート モスグリーン 9619【H】 単品
価格:972円(税込、送料別) (2016/12/24時点)



全部わかってから読み返すと、部外者がこんなでしゃばって出てくるのに、なんで怪しく思わなかったんだと思えるのですけれど、読んでいる間はまったくわかりませんでした。犯人がわかった後に葬儀から帰る列車のシーンを読むと、叙述トリックというのでしょうか、あ~と思います。何度読んでも面白い、お屋敷ミステリーです。

「なにもかも解決したと思っても、なお、彼は自分の望まない地位にいるわけですからね」
「その地位とは?」
「スーザンの夫であること」 ―エルキュール・ポアロ
 

 
       
 
         
関連記事

 ,