旅行鞄にクリスティ

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【ドラマ】名探偵ポワロ『象は忘れない』(アガサ・クリスティ原作)


『象は忘れない』  主演:デビッド・スーシェ 

さて、いよいよ始まったTVドラマ「名探偵ポワロ」シリーズの最終章、1作目は『象は忘れない』です。この作品は原作において、最後に書かれたポアロものになります(最後に刊行された『カーテン』は、執筆自体はだいぶ前にされていたので)。以前は自分を世界の重要人物・超有名人と認識し、自己紹介をした時に「誰だこいつ?」という反応をされようものならおおいに怒り嘆いていたポアロも、時の流れには逆らえないのでしょうか、若いシリアに怪訝な顔をされてもさらり受け流しています。もっともこのTVシリーズは、舞台背景は全作1930年代あたりに固定してはいるようですが、このやり取りは再現してくれました。ドラマでも一応最後の方は結構時が経っている設定なのかな?

 ⇒アガサ・クリスティ作品感想一覧はこちら



この話は、クリスティが中期以降よく書いた、「回想の殺人」の中の一つ。「回想の殺人」とは、過去に起こった(かもしれない)殺人を、物的証拠ももう見つからない中、当時を知る者達の回想を集め、それらの証言・記憶のゆれから推理し、当時本当に起こった事や証言者達の心理を導き出すもの。「回想の殺人」の中では、個人的に『五匹の子豚』が一番好きで、『象は忘れない』はその中では比較的印象の薄い話ではあります。でも「回想の殺人」はポアロらしい証拠に寄らない推理と、時代遅れの探偵と言う立場を活かせる事件で、個人的に好きな設定です。



この『象は忘れない(Elephants Can Remember)』という変な題名は、 「An elephant never forgets.」象は昔自分に誤って針をさした人間を覚えていて、何年か後に見かけ水をぶっ掛けた、という、小話だかことわざだかから来ているそうで。象は記憶力が良く執念深く昔の恨みを覚えているぞ、という意味。この話ではそういった「象」を探しに行きます。原作では、この恨みと言う部分はあまり関係なく、ずっと昔のことを覚えている人、と言う意味で使われていますが、TVオリジナル設定ではまさにこういう人が出てきました。ことわざが象は”never forgets”なのに対し、この話の原題は”Can Remember”と可能形なのが、恨みというより象の記憶力に焦点が当てられていることの表れのような気もするような、こじ付けのようなw とりあえずざっくりとあらすじを以下に―

推理作家ミセス・オリヴァは、昔名付け親になったシリアの婚約者の母親から、シリアの両親の十数年前の心中事件について、夫が妻を殺したのか妻が夫を殺したのか、調べるよう依頼される。婚約者の母親からの依頼は断るものの…


今回のドラマでは、心中事件の捜査に加え、オリジナルでもう一つの事件の捜査が同時進行していました。正直そちらは微妙だったかな。実験室の様子など、確かに昔風の器具を使ってはいるのですがどことなく現代の香りがしてしまって全体的に残念。心中事件だけじゃ時間が持たなかったのでしょうか。同時進行で話が進む場合、同じテーマの表と裏、光と影の話、とか、別事件に思えた数々の点が最後にぎゅっと見事に一つに凝縮される、とか上手くやらないと印象が分散して、面白みにかけます。でも心中事件の方は面白かった。「回想の殺人」は、もうこの世にいない人物、もしくは今いる人物がもっと若かったころの時代が鮮やかに浮かび上がってくるところが好き。望むものを手に入れた犯人の笑顔が怖いですね。

以下若干のネタバレあり




そしてどうしようもない家族を抱え長い間苦しめられてきた者たちの、どんなにひどい目にあわされてもそれでも家族だから、病気だからと見捨てることのできない心情が哀しい話です。『ナイルに死す』で密かにアルコール依存症の母をかばい続けた仏頂面のロザリーとか、クリスティ作品にはそういう立場の家族の描写がたまに出てきます。まぁドロシアも恋人が妹に心変わりされるとか、確かにこれは元々が病気なところにこんな目に合えばさらに狂い具合に拍車がかかるのもわかりますが、しかしアリステアにだって選ぶ権利があるわけで。精神的に不安定な人の逆恨み程恐ろしいものはないし、また2人が一緒にいるのを見るのはドロシアの精神的にも良くないだろうから、きっと家族だからと面倒を見たりせずマーガレットとアリステアはドロシアを捨てて生活するべきだったのでしょう。それが出来ないのが幼いころから一緒に育った姉妹というものなのでしょうが、家族だから面倒を見るべきというやさしさ(もしくは社会のあり方)が、逆に悲劇を引き起こしてしまったのが皮肉です。

十数年前にシリアの両親の心中事件が起こったのは、イギリス南部のサセックスの切り立った崖。古今東西、サスペンスは崖を舞台に繰り広げられるのが定石なのか。シリア役の女優さん、VANESSA KIRBYが可愛らしかったです。

人間には忘れるという慈悲があります ―エルキュール・ポアロ



 
       
 
         
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