【本】 『死人の鏡』(アガサ・クリスティ/ポアロ) ―珍しく気に入っている短編集
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短編(中編?)4つを収めた1937年発表の 『死人の鏡』。私は中編・短編はあまり好きではないのですが、この短編集 『死人の鏡』については「謎の盗難事件」を除きどれも好きです。他の短編よりも長さがあるからでしょうかね?このぐらいの長さがあると各登場人物の内面が掘り下げられていて、共感できたり読んだ後に考えさせられたりと、結構印象に残る話が多いです。特に気に入っているのは「厩舎街の殺人」で、これに関しては既にドラマの感想で結構書いたのでここでは省略。
⇒関連エントリー:【ドラマ】名探偵ポワロ『ミューズ街の殺人』―殺したいほど憎いけど
この本に収められた4編は、いずれも似たプロットの短編・長編が後に出ています。
- 厩舎街の殺人⇒1961年発表の短編集『教会で死んだ男
』にある「マーケット・ベイジングの怪事件」
- 謎の盗難事件⇒1961年発表の短編集『教会で死んだ男
』にある「潜水艦の設計図」
- 死人の鏡(1931年)⇒1939年 『黄色いアイリス』に収録された「二度目のゴング」(1932年)
- 砂にかかれた三角形 ⇒『白昼の悪魔』
私は短編の「二度目のゴング」を元にこの中編の「死人の鏡」を書いたんだと思い込んでいたのですが、wikiを見た限りでは発表されたのは「二度目のゴング」の方が後なんですね。となると後に書いた「二度目のゴング」の方がクリスティとしては出来に満足しているのだろうか。話はちょっと変更されていて、私はこの「死人の鏡」バージョンの方が余韻のある終わり方で好きです。
以下は「厩舎街の殺人」以外の短編の感想を―
謎の盗難事件
謎の盗難事件は、ドラマ版や『教会で死んだ男

※以下ネタバレあり

依頼者による自作自演の盗難事件。政府の要人で、他国に脅され身の破滅を防ぐには爆撃機の設計図を渡すしかなかった、でも国家を守るために図面に細工はしておいたから大丈夫、これでイギリスは守られるフハハハ…と聞いてもへ~そうなんだとハナクソ飛ばしたくなるだけなのは、私がこれまで要人になったことがなく共感しどころがないからかもしれません。クリスティの描く国家の一大事系の話は、なんか臨場感も無くただ大ぶろしき広げている感があるだけなので、いまいち面白いと思うものが無く。
死人の鏡
「死人の鏡」は、その後に出た「二度目のゴング」とはも似たプロットですが犯人も動機も違います。二度目のゴングが鳴ったと勘違いしてバタバタと屋敷の人が集まる場面から始まる「二度目のゴング」の冒頭部分は好きなのですが、あとの部分は「死人の鏡」の方が好きです。
しかし、行き別れた娘を想う母の心を利用して自白させるというのは、常日頃「良きママの味方」を自称し母の気持ちを大事にしているポアロにしてはちょっと珍しいようなそうでもないような。そうやって自白させたということは大した証拠がないということなんでしょうかね。娘の幸せのために殺人まで犯した母親にとって、自分のせいで娘に殺人の濡れ衣がかけられ絞首刑に…というのは恐怖だったでしょう。まあそもそも殺人自体が酷いことなんで同情するのも筋が違うのかもしれませんが。
最後、新婚でこれから幸せな生活を送るであろうルスが、母親ということを知らされることも無くなぜリンガード嬢が自白したかもわらないまま、花を見つめながら自分をかばった女性をそっと想う、印象的なシーンで終わります。うん、やっぱり「死人の鏡」の方が好きですね。一方の「二度目のゴング」は犯行がバレて犯人気絶、「そういえば犯人はわざと鏡を割った、鏡を壊すってとっても不吉なのに!」で〆。なんのこっちゃ。
なお、全然関係ないですが、ルスがドレスに付けてしまった香油のシミを隠すために、ブローチとして生花をつけるのが素敵。シミを隠すためにブローチをという発想も、ブローチとして生花を飾るのも、そういう細やかな女性らしさとは無縁なので見習いたいと思いつつブローチ付けてドレス着るような機会も無かったわ。でもクリスティでは他の作品も含めて庭の花を摘んで食卓やら家中に飾る描写がよく出てきて憧れます。そんな毎日飾っても無くならないぐらいお庭に花が咲いてるんだな~。いいな~。
砂にかかれた三角形
最初は派手で頭の軽い美人が男性の目を惹いても、結局のところしおらしい外見の計算高い地味な女性がかっさらっていくと言うのはわりと納得できる図ではあります。ありますがこの話を分かった上で読み直しても、何回読んでも、どの点から見てポアロがヴァレンタインを巡る三角関係ではないというのを見抜いたのか全くわからんw
最初の浜辺の時点でわかっていたようですが、ダグラスが赤くなったり二人で話しこんでいたりしたのは、ヴァレンタインのナイスバデーについフラフラッと見とれただけで他意はないということなのよね?でも奥さんほっといてボインボインのおねいさんと二人で浜辺で話し込んだりするか?こういうダグラスの気の多さと、ヴァレンタインの男好きの性分を分かって利用した上での犯行ということなのか…。う~ん。
この話の皮肉なところは、(出会った最初の内は)男性にちやほやされることが多くそれを自慢に思っているヴァレンタインが、夫に飽きられているにもかかわらず周囲には「夫に愛されている自分」「男性に惚れられる自分」をことさら強調し、その見栄が夫と不倫相手による自分殺害計画に有利に働いてしまったという点。
こう書くとイタい女性に見えますが、自分が人より優ってる、自分は幸せであると感じる一種の拠り所としていた部分が、実際は自分にそんな価値がなくその幸せが虚構であるとうっすらとわかりだしている女性の反応としては、割と共感できる部分でもあります。言葉のそこかしこに、周りに自分の幸せを吹聴するだけでなく、自分に言い聞かせるような様子が表れており。
一歩引いて見て哀れだばかだと思うのも簡単なんですが、よくよく自分の胸に手をあてて考えるときっと自分もそうなるだろうと思う部分もあったりなかったり。なので、ヴァレンタインはこれを元にした長編『白昼の悪魔


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